
CultureとDEFORESTATIONをどう読むか
Cultureをvegan straight edgeの代表格としてだけ見ると、DEFORESTATIONの輪郭は薄くなる。Cultureは最初から完成した思想バンドとして始まったわけではない。結成初期にあったのは、明確な綱領より先に、South Florida hardcoreの現場で生まれた切迫感と怒りだった。
Cultureは1994年前後、Rich ThurstonがRichmondからFloridaへ戻ったあとに動き出した。最初の練習にいたのはRich、Mark Mitchell、Josh Williamsの3人だった。生活も機材も安定していなかったが、それでもハードコアをやることだけは決まっていた。しかもRich本人は、最初からvegan straight edgeバンドを作ろうとしていたわけではないと話している。straight edgeの人間とやりたい気持ちはあったが、バンドそのものに最初から明確な思想の看板があったわけではなく、自分がveganになったのも後からだった。ここを外すと、Cultureをあとから固まったイメージだけで見てしまう。

ただ、音は最初から独特だった。Richは後年、振り返ると当時のCultureは誰にも似ていなかったと話している。奇妙で、重く、置き換えがきかない音だった。Born of Youについても、見た目やプロダクションには不満があっても、曲作り自体は誰かの真似ではなく自然に出てきたものだったと語っている。Cultureの重さは、単にメタル寄りだったからではない。South Floridaの暗さと、どこかずれた感触が最初から音に入っていた。
その音の輪郭を決定づけたのがJohn WylieとDamien Moyalの参加だった。JohnのギターとDamienの声が入ったことで、Cultureは一気に前へ進む。Born of Youが後続のFlorida metallic hardcoreやmetalcoreを考えるうえで外せない作品として語られるのは、この時期にCultureの音と言葉がまとまったからだ。
ただし、Cultureの内部は最初から一枚岩ではなかった。ここがこのバンドを語るうえで重要だ。John Wylieは、自分がCultureを離れた理由について、Markが歌っていた時期に、一部メンバーの行動がバンドのメッセージを反映していないと感じたからだと話している。Cultureを最初から全員が同じ思想で固まっていたバンドとして書くと、実像からずれる。現実には、言葉と行動のあいだにずれがあり、そのずれが次の段階を生んだ。
その次の段階がMorning Againだった。Johnは、Morning Againには最初からもっと直接的なメッセージを持たせたかったと話している。メンバーにはstraight edgeであること、少なくともvegetarianであることを望んでいたという。その後、Goodlifeとつながり、ヨーロッパへ出る頃には、全員がveganで、バンドとしてstraight edgeを名乗り始めたとも振り返っている。Culture周辺の思想は、最初から完成していたのではない。90年代半ばのFlorida hardcoreの中で、バンドごとに濃さを変えながら固まっていった。
DEFORESTATIONを扱ううえで、今回いちばん大きいのは録音の整理がかなりはっきりしたことだ。1996年のCatalyst Records盤Deforestation 7インチは、Mark Mitchellが歌っている版として紹介されている。一方で、別のDeforestation録音はDamienが歌っている版だと説明されている。さらにRich自身の整理でも、Deforestation #1はMark入り、Deforestation #2はSteve LookerとDamienが入った編成になっている。つまりDEFORESTATIONは、Damien時代だけの曲ではない。Mark期のCultureに属する曲でもあり、その後の別編成でも録り直されている。
この点は記事にとってかなり大事だ。DEFORESTATIONをDamien時代の政治化だけで説明すると、Mark版の存在が抜け落ちる。逆にMark期の曲としてだけ書くと、Damien版が残っている事実を取りこぼす。いちばん正確なのは、この曲をCultureのひとつの過渡期に置くことだ。Markが戻っていた時期のCatalyst盤にまずはっきり残り、その後の別編成でも別録音が存在する。少なくともこの曲は、メンバーの入れ替わりの中でも手放されずに残った曲だった。
しかもDeforestation 7インチは、曲単体ではなくEP全体のまとまりで見るとさらに意味が見えてくる。B面のMomento Moriは狩猟に反対する曲として紹介されている。DeforestationとMomento Moriが並ぶことで、このEPは森林破壊だけでなく、動物や自然に向けられる暴力まで視野に入れた作品として読める。ジャケットが露骨な動物虐待を描いた早い時期の例として言及されている点も、その読みを補強する。
さらに、この7インチが出たCatalyst Records自体の文脈も無視できない。CatalystはDIY、straight edge、veganism、feminism、反不寛容、反不正義を掲げるレーベルだった。つまりDeforestation 7インチは、単にたまたまそのレーベルから出たのではなく、思想を重視するDIYハードコアの枠の中に置かれていた。このことは、DEFORESTATIONをただの環境テーマの曲ではなく、倫理や暴力の問題まで含んだ曲として読む根拠になる。
歌詞に並ぶのは、森林破壊、絶滅、火災、自然の死、黒くなる空、流れる血だ。ここで書かれているのは、穏やかな自然保護の訴えではない。終末感が強く、暴力の臭いが濃い。見ているのは、自然が壊される事実だけではない。それを生み出す人間社会のあり方だ。Deforestation 7インチのB面やジャケット、そしてレーベルの思想まで含めて見れば、この曲は自然破壊を通して、もっと広い暴力の問題を見ていると考えるほうが自然だ。
そのうえで、線を引くべき点もある。今回の資料でかなり固まったのは、Deforestationの録音の系統と流通の文脈だ。1996年のCatalyst盤がMark版であること、Damien版の別録音があること、EP全体が狩猟や動物虐待の表象ともつながっていること、そこまではかなり強く書ける。逆に、誰がどの歌詞を書いたのか、この曲を何の事件や体験を受けて書いたのか、そこまではまだ直接証言で固まっていない。だから作詞者や制作動機を断定するのは危ない。
DEFORESTATIONは、Cultureをあとから定着したvegan straight edgeの記号だけで説明するための曲ではない。Mark期のCulture、Damien版へ続く別録音、Momento Moriとの並び、Catalystの思想、Goodlife経由で広がった受容、その全部の交点にある曲だ。Cultureは最初から完成された思想バンドではなかったし、内部にもずれがあった。それでもその揺れの中で、自然破壊や動物への暴力を真正面から扱う曲を残した。DEFORESTATIONは、その揺れも含めたCultureの実像に近い曲だ。
DEFORESTATION(ORIGINAL)
Deforestation leads to extinction
森林破壊は絶滅につながる
Deforestation leads to extinction
森林破壊は絶滅につながる
Deforestation leads to extinction
森林破壊は絶滅につながる
Deforestation leads to extinction
森林破壊は絶滅につながる
Another land
別の土地が
Laid to waste
荒廃させられる
Species die
種が死に絶える
Forest falls
森が倒れる
Endless fires
果てしない炎が
Consume all life
すべての生命を消費する
Nature dies
自然が死ぬ
While demons dine
悪魔どもが食事をしているあいだに
Sky grows black
空が黒くなる
Blood runs red
血が赤く流れる
End of life
生命の終わり
No more compromise
これ以上妥協はない
Sky grows black
空が黒くなる
Blood runs red
血が赤く流れる
I take your life
俺はおまえの命を奪う
No compromise
妥協はない
This world is hell
この世界は地獄だ
I must escape
俺は逃げなければならない
This fucking hell
このクソったれの地獄
This world is fucking hell
この世界はクソったれの地獄だ
Forest falls
森が倒れる






