
DAY OF CONTEMPTの背景と立ち位置
DAY OF CONTEMPTは、1997年末から1998年初頭のアデレードで動き出したハードコア・バンドとして捉えるのがいちばん正確だ。Ben Coyteは、自分たちが始めた頃のアデレードにはハードコアの土台がほとんどなく、親のガレージで手探りのまま始めたようなものだったと振り返っている。Tom Deverixも2024年の時点で、自分たちをアデレード・ハードコア再始動の流れの中にあるバンドとして語っている。DAY OF CONTEMPTは、出来上がった大きなシーンの後ろに乗った存在ではない。地元の土台がまだ薄い時期に前へ出て、そこから道を広げた先行組だった。
代表的な時期の編成は、Ben Coyteがボーカル、Dan Smithがベース兼ボーカル、Tom DeverixとSimon O’Gormanがギター、Joel Bourneがドラムという形で確認できる。再始動期はBenとTomを軸にメンバーが再編されている。長い流れで見た時に中心へ置くべきなのは、Ben CoyteとTom Deverixだ。
Ben Coyteを軸に見るべき理由
このバンドを理解するうえでいちばん重要なのは、Ben Coyteが何を軸にしていたかだ。Benは、バンドの音が広がっていったことについて、売れるために無理に変えたのではなく、ハードコアを根に持ったまま自然に広がっていった結果だと説明している。ここから見えるのは、DAY OF CONTEMPTが出自を明確にハードコアへ置きながら、その中で重さやメロディや緊張感の出し方を広げていくことに迷いがなかったことだ。
Dan Smithの説明も、その軸を補強している。Danは、Benの歌詞について、自分の人生の中で腹の立つこと、受け入れられないこと、それに立ち向かうこと、何度叩かれても起き上がって自分の人生を生きることを扱っていたと話している。DAY OF CONTEMPTの歌詞には、被害者意識に沈む感じがない。怒りはある。ただ、その怒りは立ち上がるための怒りとして書かれている。この部分が、単に重いだけのハードコア・バンドで終わらない理由になっている。
思想の中心
DAY OF CONTEMPTの思想をひとことで言うなら、自己規律と抵抗になる。受け入れられないものを前にした時に、自分を引き締め、立ち向かい、自分の生を自分で取り戻す感覚が中心にある。そこにこのバンドの緊張感がある。
この思想は歌詞にもそのまま出ている。初期曲の中には、裏切り、搾取、腐敗、暴力、欺瞞に対する嫌悪がはっきり見える。個人的な恨みだけで閉じず、構造や倫理の問題へ視線が伸びている。その視線が、DAY OF CONTEMPTを単なるメタリック・ハードコア以上の存在にしている。
ヴィーガン、ストレートエッジ、アニマルライツとの関係
ここは慎重に書いたほうがいい。公開ソースで確認できる範囲では、Ben CoyteやTom Deverixが、自分たちを正式にvegan straight edge bandと名乗っている一次発言までは拾えない。メンバー全員の自己定義として、そこを断定するのは少し強すぎる。
ただ、関係が濃いことはかなりはっきりしている。Jona Weinhofenは、自分が1999年前後にアデレードのローカル・ショーへ通い始めた頃、DAY OF CONTEMPTやThree Chain Breakのメンバーがvegan merchやvegan straight edge系のマーチを着ていて、会場ではveggie dogsや手作りのヴィーガン・カップケーキが売られていて、そこでBenやLukeをかっこいいvegan musicianたちとして見ていたと語っている。Jonaは、その流れの中でネットでveganism、animal rights、animal crueltyを調べ始め、完全なヴィーガンへ進んでいったとも話している。後続世代の中心人物の一人が、DAY OF CONTEMPTをvegan cultureの入口として記憶している。この点はかなり重い。
animal rightsやanimal liberationとの関係も薄くない。初期曲 Drain には、強制投薬、苦痛、殺し、病んだ肉体を連想させる表現が並び、工業的な動物利用への嫌悪がかなり濃く出ている。Jonaの証言と歌詞を重ねると、DAY OF CONTEMPTは、少なくともアデレードのハードコアにおけるvegan ethicsとanimal-rights的な感覚の重要な接点だったと書ける。
今の言い方でplant-basedという言葉を当てることもできなくはないが、この時代の空気を考えると、その言い方は少し新しすぎる。当時そこにあったのは、商品ジャンルとしてのプラントベースというより、veganの実践だった。食の選択が理念と結びついていた。その点のほうが重要だ。
Ben Coyteのバンド外の活動と思想の連続
ここで一本、はっきりした線がある。後年、Ben CoyteがI Killed The Prom Queenの文脈で受けたインタビューでは、その時点のバンドが四人のヴィーガンと一人のベジタリアンで構成されていて、個人としてはanimal welfareにかなり強い関心を持っていたこと、Sea Shepherdとつながっていたこと、Nightmaresという曲でanimal rights、animal welfare、animal crueltyを扱ったことが語られている。さらにその歌詞は、韓国で大量の豚が生き埋めにされる映像を見たJamieの怒りから生まれたとも説明されている。
これはDAY OF CONTEMPTそのものの発言ではない。そこは分けて書いたほうが正確だ。ただ、Ben Coyteという中心人物の倫理的な関心が、その後もかなりはっきり続いていたことの裏付けにはなる。DAY OF CONTEMPTの時点で読み取れる動物利用批判と、後年のBenの明示的な動物福祉への関与は、断絶した別物として見るより、一本の線として見たほうが自然だ。
Good Life Recordingsから作品を出した意味
Good Life Recordingsから作品を出した理由について、メンバー本人がその理由を細かく説明している直接の発言は見つからない。ここは想像で埋めないほうがいい。ただ、状況証拠はかなり揃っている。DAY OF CONTEMPTは2003年のGoodlife Store Samplerに入っていて、その流れの中で See Through The Lies をGood Life経由で出している。Tom Deverixも2024年に、フルレングスはオーストラリアではResist、海外ではGood Lifeから出ていて、今もライセンスの問題があると話している。つまりこれは曖昧な噂話ではなく、実際に国内と海外でレーベルの窓口が分かれていたということだ。
Good Lifeは当時、ヨーロッパのメタリック・ハードコアの回路に強かった。DAY OF CONTEMPTの音は、その回路とかなり噛み合っていた。だからこの接続は場違いな越境ではない。地元のローカルを海外のハードコア回路へつなぐための、かなり自然な出口だったと見るのが筋が通る。Jona Weinhofenが、DAY OF CONTEMPTをアデレードで最初に海外のハードコア・レーベルとつながり、アメリカを本格的に回ったバンドの一つとして記憶していることも、この見方を強める。
オーストラリアでの立ち位置
DAY OF CONTEMPTは、オーストラリア全体の歴史で見ても、アデレードのメタリック・ハードコアを外へ押し広げた重要バンドだ。地元の歴史を振り返る記事では、彼らはアデレード・ハードコアのレジェンドとして扱われている。価値の中心は、後から全国的に巨大化したバンドのような知名度の大きさにあるのではない。まず地元の空気を変え、次の世代がそこを通って外へ出られるようにしたことにある。
ここで大事なのは、DAY OF CONTEMPTをオーストラリア全土の最終到達点のように書かないことだ。後に全国的な注目の中心はParkway Driveなどへ移っていく。その流れとは分けておいたほうが正確だ。DAY OF CONTEMPTの重さは、頂点の完成形であることより、アデレードから全国へつながる道を早い段階で切り開いたことにある。後続の視点から見ると、その意味はかなり大きい。
他のバンド、人脈、シーン内での位置
DAY OF CONTEMPTは単独で閉じたバンドではない。Ben Coyteは後にCarpathian、In Trenches、I Killed The Prom Queenとも関わっている。Simon O’GormanもI Killed The Prom Queen初期の流れとつながっている。Dan Smithはさらに後年、Eighteen Visionsにも加入している。つまりDAY OF CONTEMPTは、アデレード・ハードコアとオーストラリアのメタルコア人脈が交差する節点だった。
Jona Weinhofenの視点を入れると、その重要さはさらに鮮明になる。JonaにとってDAY OF CONTEMPTは、先にいた地元の年上バンドという程度の存在ではない。自分たちが追いかけるべき目標だった。音だけでなく、veganismや倫理の実践まで含めて、若い世代の役割モデルになっていたことが大きい。
クルー活動とローカルなまとまり
専属クルーの名前を、公開ソースで確実に確認することはできなかった。ここは無理に埋める必要がない。ただ、地元のまとまりの中心にいたことはかなり見える。2000年の While The City Sleeps Adelaide Hardcore Compilation にDAY OF CONTEMPTは参加しているし、2011年には 618 Family Reunion にも出ている。Tom Deverixも、アデレードでは2011年のそのイベント以来まとまった動きがなかったことを話している。専属クルー名の断定を避けても、DAY OF CONTEMPTがアデレード・ハードコアのfamily的なまとまりの中核にいたことは十分伝えられる。
動画と資料
DAY OF CONTEMPT単独の長編ドキュメンタリーは、公開検索では確認できなかった。そこはそのまま書いたほうがいい。その代わり、資料価値の高い映像はある。初期の空気を見るなら2001年の Drain のライブ映像が強い。再始動後を見るならTom Deverixの2024年インタビュー動画が役に立つ。解散前後の温度を知るなら final show 関連の映像がある。Where Shadows Lie のフル音源も追える。
一次証言として特に強いのは三つある。Ben Coyteの2005年インタビュー。Tom Deverixの2024年インタビュー。Jona Weinhofenのvegan関連インタビューだ。この三本があると、DAY OF CONTEMPTの出発点、地元での位置、後続世代への思想的な影響までかなり見えてくる。さらにBenの後年の映像証言を足すと、Sea Shepherdやanimal welfareへの関与まで一本の線として見えてくる。
TEAR YOU DOWN
Whatever it takes to tear you down.
おまえを潰すためなら手段を選ばない。
You cant bring yourself, to look your face in the mirror.
おまえはどうしてもする気になれない、自分の顔を鏡の中で見ることが。
You cant bring yourself, just to look at your face.
おまえはどうしてもする気になれない、ただ自分の顔を見ることが。
Whatever it takes to tear you down.
おまえを潰すためなら手段を選ばない。
You scapegoat your victims
おまえは自分の犠牲者に責任をなすりつける
To escape the blame.
非難を逃れるために。
You clean your hands too,
おまえは自分の手もきれいにする、
With their tears, it don’t mean shit to you.
彼らの涙で、おまえにとって何の価値もない。
You take the easy way out
おまえは楽な道を選び
Too many lies to explain
言い訳しきれないほどの嘘を重ねている
Because I know the truth,
真実を知っているから、
And all their tears, it don’t mean shit to you.
そして彼ら全員の涙は、おまえにとって何の価値もない。
How long will I wait for things to go my way.
物事が思い通りに進むまで、どれほど待てばいいのだろう。
How long does it take til everything turns real.
全てが現実になるまで、どれくらいかかるんだろう。
My passive days are through.
俺の消極的な日々は終わりだ。
I’ll tear the floor from under you.
おまえの地位を根底から剥ぎ取ってやる。
For those you cheated I’ll do
おまえが騙した連中のために俺はやる
Whatever it takes to tear you down.
おまえを潰すためなら手段を選ばない。






