
DENIEDのYou’re Weakを載せているPrayer for the Enemy期の情報を追うと、この時期のバンドの体制、人間関係、録音環境まではかなり具体的に残っている。
Melissa MastrangeloはDENIEDの結成メンバーの一人で、もともとはギターを弾いていた。後年の体制ではベースも担当している。All Shall Sufferについては、Deniedの延長のようなものだったとも話している。MelissaはQueens生まれQueens育ちで、Elmhurst生まれ、Jackson Heights育ち、20歳ごろまでJackson Heightsに住み、その後Queens内を移りながら、現在はFlushingにいると話している。
Melissaの家庭では、母はスペイン語圏の音楽を聴き、年上の兄はクラシックロックを流していた。家ではLed Zeppelin、Pink Floyd、Cream、Fleetwood Mac、The Beatlesが鳴っていた。兄はレコードとラジオを握っていて、Melissaはその音を子どものころから聴いていた。母はColumbia出身で、現地では心理学者だったが、アメリカに来てからは家の掃除などをし、その後New York Cityの公立高校で教師になった。家庭は厳しく、Melissa自身も母に強く管理されながら育ったと話している。
学生時代のMelissaは、freestyle、new wave、classic rockを並行して聴いていた。Pink Floydが好きで、The Wallの絵を兄が上着の背中に描いてくれたとも話している。大学に入るとLollapaloozaのような大型フェスにも行くようになり、Rage Against the Machine、Beastie Boys、Alice in Chainsなどを観ている。Melissaは1994年を、自分がhardcoreに入った年だと話している。
その1994年の秋に、Melissaは大学でNickと出会った。Nickが誕生日にチケットを買い、それが最初のhardcoreの公演になった。文字起こしには差があるが、1994年末、BrooklynのL’Amour’s系の会場で、Biohazardを含む公演を観たという点は共通している。Melissaは、それまで行っていた大型フェスとは違って、小さい会場では舞台との距離が近く、演奏者のすぐそばに立てて、終演後に話せることが大きかったと話している。そこでhardcoreに引き込まれたとも話している。
NickとGregoryは、Lost of Hopeというバンドをやっていた。South QueensのOzone Park周辺の仲間の流れがあり、Melissaはその輪の中に入っていった。Nickの兄がドラマーだったが抜け、Nickはギターからドラムに回った。NickはMelissaにSam Ashで最初のギターを買っていて、それは安いIbanezだった。Melissaはその時点ではバンドに入るつもりではなく、ただギターを覚えたかっただけだと話している。NickとGregoryの前でアンプにつないで音を出したことがきっかけになり、そこから本気でやる流れになった。最初の公演はWoodhavenのCheersという小さいバーで、Restrainとやったと思うと話している。演奏中に腹を蹴られたことも覚えていると話している。
Melissaは、重い音楽自体は十代のころから好きだったが、1980年代のメタルには入らず、1990年代前半のオルタナティヴ・ミュージックから重い音に入っていったと話している。Soundgarden、Alice in Chains、Stone Temple Pilotsを挙げていて、Riot Girl Movementも大きかったと話している。Hole、L7、Bikini Killのようなバンドを見て、女性が攻撃的に演奏する姿に強くひかれたとも話している。Courtney Loveになりたかったとも話している。
その後の音の向きについて、MelissaはBulldozeが決定的だったと話している。自分が鳴らしたい音はこれだと思ったこと、若いころの自分たちはBulldozeのようにやりたいと思っていたこと、BulldozeのThe Truthの歌詞も強く意識していたことを話している。後年のインタビューでは、自分たちはBulldozeにかなり入れ込んでいたとも話している。
Queens、Bronx、Long Islandの動きも具体的に残っている。Melissaは、Wetlands、Coney Island High、Castle Heightsに通っていたと話している。Voodoo Loungeは後の時期に開き、そこで演奏もしたと話している。Castle Heightsを通じてEGH、Billy Club Sandwich、Irateとつながり、IrateがQueensに来ることもあれば、こちらがBronxに行って応援することもあったという。Mindset、のちのSworn Enemyも同じ流れの一部だった。One Second Thoughtは親しいバンドで、Five Minute Majorの名前も出てくる。Long IslandではRelentlessと親しくなり、Long IslandとQueensで公演を行き来していた。MelissaはP-Wackがいちばん好きだったと話している。Little GregはRelentlessの友人で、1995年末から1996年ごろに会ったという。
Melissaは、当時のhardcoreのコミュニティは今より兄弟的だったと話している。友人のバンドがいい反応を取るのを見ること、その場にいて一緒に過ごすこと自体が大きかったとも話している。別の箇所では、教師をやりながらDeniedを続けていたことも話している。学校が終わったあとにPennsylvaniaの公演へ向かい、夜通し戻って、朝少し寝てまた教えに行ったという具体的な話も残っている。
Deniedの作品順についてMelissaは、demo、Together as None、自主制作のself-titled、New Found Hope comp、Relentlessとの7インチのsplit、BDF Beatdown Furyとのsplit、そのあと歌い手が変わった時期のフルレングスがPrayer for the Enemyだと話している。self-titledは自分たちで制作し、自分たちで流通させたとも話している。
Prayer for the Enemyに直接つながるのがJared期だ。Melissaは、2000年から2003年までJaredが歌っていた時期があり、Melissaはギター、Nickはドラム、Jaredは歌で、この3人が軸になって続いたと話している。JaredはLong Island sceneとのつながりが強く、そこからAxelと会い、AxelはFilled With Hate Recordsの人だった。AxelはDeniedに関心を持ち、やり取りを重ねて、Prayer for the EnemyをFilled With Hateから出した。2003年ごろにはAxelがイギリスのツアーを組み、その流れがBDFとのsplitにつながったとも話している。
Prayer for the Enemyの流通についてMelissaは、この作品がFilled With Hateから出たこと、SpotifyのDeniedのページはFilled With Hate側が作ったことを話している。後からTogether as Noneを自分たちでSpotifyに載せたため別アカウントになり、将来的に統合したいとも話している。Prayer for the EnemyはSpotifyにあり、YouTubeでも追えると話している。ほかの音源も多くがYouTubeで追えるとも話している。
この作品に対するMelissa自身の言葉も残っている。Together as Noneの人気は高いが、後の作品は軽く扱われがちで、それは残念だと話している。その一方で、後の作品は制作や曲作りの面でかなり良くなっていたとも話している。Prayer for the Enemyは、その後期作品の流れの中にある。
Prayer for the Enemyのブックレットには、この時期のバンドの内側がかなりはっきり残っている。Jaredの謝辞には、ツアー中に家に泊めてくれた人たち、LIC Crew、Cousin Joe、Knuckledustの仲間、Nimetar、Billy 30 Calfber、長年支えてくれた友人たち、妻のCat、NickとMel、Chelsea、DENIEDのファンが出てくる。JaredはNickとMelに対して、この10年間一緒にやってきたことへの感謝を書き、自分にとって最高の友人だと書いている。Chelseaには、アルバムの絵に力を貸してくれたことへの感謝を書いている。
Melissaの謝辞には、Joe and Black & Blue Productions、Kevin & John Castle Heights、Kev Bulldoze、Axel、Nils and Filled with Hate、Billy Caliber、Pedro and Knuckledust、Steve、Danny、Kimmie、Joey (IDS)、Justin (PA)、Danied、MariaOnly、T-ame Tilitz、Little Gregg、Takato、Shpak、Paul、Frank and Michelleが出てくる。さらに、リハーサル、機材、大きな音に付き合ってくれた家族、写真と支えの両方で助けてくれたMike、自分のbaby and angelであるMikey、夫でありバンドメイトのNick、Jared、Kevin、Anthony、Cathyを、自分の友人であり家族でありバンドメイトだと書いている。
別の謝辞欄には、Dave、Adam、Lake、Phil、Elise、Charles、Condorse family、Kucija family、Nuzzi family、MeKenna family、Tetelman family、名付け親のUnele Buek and Aunt Kathy、Unele Chris and Aunt Marge、Chris LとVinny Dとその家族、Brandon Tattoo Frenzy、Jared and Nick、Anthony and Melissaが出てくる。その欄には、陰で悪口を言ったやつにはFUCK YOUという一文もそのまま入っている。Kevinの短い謝辞には、Mom、Ded、妹のTina、いとこのDanとMaitが出てくる。
Anthonyの謝辞には、family and friends、Amanda、Jared、Nick and Mel、Kevinが出てくる。Jaredについては、自分にとって最高の友人であり、NickとMelを紹介してくれた相手だと書いている。Nick and Melについては、気前のよさへの感謝が書かれている。Kevinには、よく働いてくれたことへの感謝が書かれている。
Nickの謝辞には、14年間支えてくれた全員、Melissa and Mikey、自分にとって人生の二つの愛、Jared、Anthony、Kevin、Cat、自分の家族という言葉が出てくる。
ブックレット末尾のクレジットには、2009年4月から6月にかけてRaw Recording, Lake Mahopac, NYで録音されたこと、Jean Christophe Santalisが録音とミックスを担当したこと、DENIED自身が制作したこと、Engine Room Audio, NYでマスタリングしたこと、写真はMike Murissi、アートワークはAnthony Kondyraであること、FWH RecordsのAxel and familyへの特別謝辞、窓口としての www.deniednye.com が載っている。
その後の動きとして、MelissaはTogether as Noneの再発をレコードで出したことも話している。Little Gregの誕生日に合わせたこと、現物がいちばん求められていたこと、限定のピンク盤だったこと、1998年の二つの元の図案を当時のシャツに合わせて作り直したことも話している。
YOU’RE WEAK
You have failed, No loyalty,
おまえは失敗した、忠誠心などない、
No respect,
敬意がない、
No backbone.
度胸がない、
You have no loyalty to your friends or family.
おまえは友人や家族への忠誠心など微塵もない。
Your discontent has hurt everyone,
おまえの不満はみんなを傷つけた、
They may not know it, fear, you can’t avoid me.
ヤツらは気づいていないかもしれないが、恐れろ、おまえは俺から逃げられない。
You will be forced to confront me.
おまえは俺と対峙せざるを得なくなる。
I fight for what my friends my family,
俺は友や家族のために戦う、
But you, you don’t stand for anything,
だがおまえ、おまえは何の信念も持っていない、
No backbone, no respect,
度胸がない、敬意がない、
You’re weak, the weaker breed,
おまえは弱い、か弱い品種、
I pity you and for that,
おまえのことを哀れに思うゆえに、
I will take what you have taken from others.
おまえが他人から奪ったものを、俺が奪い返してやる。
You’re weak, the weaker breed,
おまえは弱い、か弱い種類、
I pity you and for that,
おまえのことを哀れに思うゆえに、
I will take what you have from others.
おまえが他人から奪ったものを、俺が奪い返してやる。






