
Dropkick Murphys の I’m Shipping Up to Boston を最初に知った入口が、Martin Scorsese 監督の映画 The Departed だった人は多いはずだ。映画の緊張感の中で鳴るあの曲は、Boston の荒っぽさ、街に染みついた暴力の匂い、そしてどこか労働者的な熱気まで一気に連れてくる。けれど、歌詞だけを読むと拍子抜けするほど短い。義足の船乗りが脚を失い、Boston へ向かい、自分の木の脚を探しに行く。ただそれだけの断片しかない。それでもこの曲がここまで大きくなったのは、耳に残るフレーズの強さだけではない。曲の背後には、Boston の歴史、アイルランド系移民共同体の記憶、Woody Guthrie の残した言葉、そして Dropkick Murphys というバンドの立場が折り重なっている。
まず押さえておきたいのは、この曲の詞を書いたのが Dropkick Murphys ではなく、アメリカのフォーク史で特別な位置を占める Woody Guthrie だということだ。Guthrie は労働者、移民、貧しい人々の暮らしに寄り添う歌を多く残した人物で、後の世代のミュージシャンに大きな影響を与えた。I’m Shipping Up to Boston も、もともとは Guthrie が残していた短い歌詞断片だった。そこへ曲を付けたのが、Boston 近郊クインシー出身の Celtic punk バンド Dropkick Murphys であり、その中心人物の一人がベーシスト兼シンガーの Ken Casey である。Casey は Guthrie のアーカイブでその断片を見つけ、バンドにすでにあったインスト曲にはまると感じて形にしたと語っている。つまりこの曲は、最初から映画やスタジアム向けの大きなアンセムとして設計されたわけではない。過去に残っていた短い言葉が、Boston のバンドの音と結びついたことで、思いがけず巨大な力を持った曲だった。
その曲を歌う Dropkick Murphys 自体も、この歌の意味を大きく左右している。彼らは Irish American の記号を表面だけ借りたパンクバンドではない。Boston の労働者文化、地域共同体、移民の家族史に根を持つバンドとして活動してきた。公式には For The People Since 1996 を掲げ、地域社会への支援も続けている。Ken Casey も、自分たちの家族がより良い暮らしを求めてアメリカへ来た移民の歴史を持つのなら、後から来る移民を拒む立場には立てないと語っている。そこには、出自への誇りと同時に、移民史を都合よく飾りにしない感覚がある。
この感覚を理解するには、Boston のアイリッシュ・アメリカンがどういう歴史を持つ共同体なのかを見ておいたほうがいい。19世紀の Boston にはアイルランドから大量の移民が流れ込み、港湾労働や低賃金の肉体労働を支えながら、やがて地域共同体を築き、都市政治や警察などにも根を下ろしていった。South Boston や Charlestown がアイルランド系の色を強く持つ地域として知られるのは、この歴史があるからだ。ただ、その歩みは順調な成功物語だったわけではない。アイルランド系カトリック移民は、仕事を奪う存在として嫌われ、反カトリック感情や排外主義の標的にもなった。No Irish Need Apply のような排他的な空気にさらされ、街に必要とされながら同時に疑われ、見下されてもいた。だから Boston のアイリッシュ・アメリカンという言葉には、単なる出自以上に、差別を受けながら街の仕組みの中へ食い込んでいった労働者共同体の記憶が含まれている。
ここまで来ると、なぜ The Departed とこの曲があれほど強く結びついたのかも見えやすくなる。Martin Scorsese は、犯罪、暴力、共同体、忠誠心のねじれを描く作品で知られるアメリカ映画の代表的な監督だ。The Departed は 2006 年の Boston を舞台に、アイルランド系の犯罪組織と警察の双方に潜り込んだ人間たちが正体を探り合う犯罪映画である。そこにあるのは、同じ街、同じ共同体の中から、警察にも犯罪側にも人間が出てくるという Boston 特有のねじれだ。差別される移民共同体だったアイルランド系住民が、やがて地域政治や警察にまで深く入り込み、その一方で組織犯罪の文脈とも結びついていく。その複雑な歴史を踏まえると、この映画はただのギャング映画ではなく、Boston の共同体が抱えてきた矛盾そのものを映した作品として見えてくる。
その世界に I’m Shipping Up to Boston が入ると、短い歌詞は一気に別の重さを持ち始める。歌詞そのものは義足の船乗りの断片的なイメージしか持っていない。それでも映画の中であれほど強く響くのは、Boston という都市名が、街の歴史や匂いを一緒に呼び込むからだ。Dropkick Murphys の荒く押し出すサウンド、労働者の街のざらつき、Irish American の共同体意識、Scorsese の映画が持つ緊張感。その全部が重なったとき、この短い歌は街の合言葉のような力を持つ。確認できる範囲では、Ken Casey は映画での使用を裏切りや妥協として語っていない。むしろ、自分たちの曲が Boston を舞台にした映画に完璧にはまった出来事として好意的に振り返っている。そう考えると、この曲が映画に使われたことは、アンダーグラウンドのバンドが大衆性に取り込まれた話というより、自分たちの街の感覚を持った曲が、最も大きな場面で可視化された瞬間として読んだほうが自然だ。
その前提を置いてから歌詞へ戻ると、数行の断片も見え方が変わる。sailor peg は木製の義足をつけた船乗りを思わせる言い回しで、topsails は帆船の上部の帆を指す。そこへよじ登って脚を失い、今度は木の脚を探しに Boston へ向かう。筋の通った物語として読むとかなり妙な歌詞だが、その妙さこそが重要になる。細かく説明されないぶん、義足の船乗りという像がそのまま残り、I’m Shipping Up to Boston という反復が理屈より先に耳へ入ってくる。wooden leg も単なる小道具ではなく、失われた身体を補うものとして強い視覚性を持つ。しかも shipping up という言い回しには、単に Boston へ行くというだけでなく、出航する、向かう、乗り込むという動きの感覚がある。だからこの曲は、意味の多さで押す歌ではなく、断片のイメージと前へ進む勢いで聴き手を引っ張る歌として成立している。
この短さが力になるのは、Woody Guthrie の断片がもともと説明しすぎない言葉だったからでもある。Dropkick Murphys はそこに、自分たちの街の空気に合うサウンドを与えた。結果として、義足の船乗りの奇妙な断章は、Boston の歴史や共同体の記憶を背負ったアンセムへ変わった。和訳だけを読むと、変わった情景を並べただけの歌にも見える。けれど、歌の背後にある労働者文化、移民の記憶、差別と定着の歴史、映画との接続まで重ねると、この数行が持つ強さはまったく別のものになる。I’m Shipping Up to Boston は、短い歌詞がたまたま有名になった曲ではない。Boston という街の歴史が入り込む余地を最初から抱えていたからこそ、映画の中でも、街の記憶の中でも、ここまで強く残った一曲なのである。
I’m Shipping Up to Boston
I’m a sailor peg
俺は義足の船員
And I lost my leg
そして俺は脚を失った
Climbing up the topsails,
最上部の帆によじ登って、
I lost my leg
脚を失った
I’m shipping up to Boston (whoa oh oh)
俺はボストンへと出発する I'm shipping up to Boston (whoaaa) 俺はボストンへと出発する
I’m shipping up to Boston (whoa oh oh)
俺はボストンへと出発する
I’m shipping up to find my wooden leg
船に乗り込んで木の足を探しに行くんだ
I’m a sailor peg and I lost my leg
俺は義足の船員で脚を失った
Climbing up the topsails, I lost my leg
最上部の帆によじ登り、俺は脚を失った
I’m shipping up to Boston (whoa oh oh)
俺はボストンへと出発する
I’m shipping up to Boston (whoaaa)
俺はボストンへと出発する
I’m shipping up to Boston (whoa oh oh)
俺はボストンへと出発する
I’m shipping up to find my wooden leg
船に乗り込んで木の足を探しに行くんだ
