この曲が見ているもの

Gomorrah’s Season Ends は、ストレートエッジを名乗るだけの曲ではない。

この曲が見ているのは、もう内側から腐り始めている社会と、その中で自分はどう立つのかという問題だ。

Karl Buechnerは、アルバム名 Gomorrah’s Season Ends について、現代社会の状態を旧約聖書のソドムとゴモラになぞらえたものだと話している。彼の認識では、いまの文明は moral decay のただ中にある。つまり、この曲のゴモラは宗教っぽい響きを借りた飾りではない。自分勝手で破壊的で、もう壊れ始めている社会そのものを指す言葉として使われている。

この前提で歌詞を読むと、墓場、狂気、寄生虫、退廃といった語の意味がはっきりしてくる。どれも暗い雰囲気を出すための小道具ではない。社会がどんな状態にあるのかを、強い言葉でそのまま言っている。ゴモラの季節が墓場で終わるという感覚には、腐った時代は最後には破滅へ向かうしかないという見方が入っている。

旧約聖書のソドムとゴモラを知ると、この曲はもっと分かりやすくなる

ソドムとゴモラは、旧約聖書の中で腐敗と堕落の象徴として語られる町だ。最終的には神の裁きによって滅ぼされる。だからゴモラという語には、単に悪い町という意味だけではなく、腐りきった社会、道を踏み外した共同体、最後には破滅へ向かう世界という響きがある。

この背景を知っていると、Gomorrah’s Season Ends という題名もかなり読みやすくなる。これは暗い響きを狙ったタイトルではない。腐敗した社会の季節には終わりがあり、その行き着く先は墓場だという感覚が、最初から題名に入っている。Karlが現代文明を moral decay の中にあるものとして語っていることを考えると、この曲のゴモラは旧約聖書の町そのものではなく、退廃した現代社会の比喩として読むのが自然だ。

この曲の中心にあるのは clarity of mind だ

この曲をただの straight edge anthem として扱うと、いちばん大事な部分を落としてしまう。

核になっているのは clarity of mind だ。

Karlは1996年のインタビューで、この時期の新曲のひとつについて、straight edge の革命的可能性を扱う曲だと説明している。そこで彼は、ドラッグやアルコールや乱れた性から離れて生きることで得られる clarity of mind を使って、世界をより公正で平和な場所へ近づけていくと話している。Gomorrah’s Season Ends の歌詞には、そのまま clarity of mind と I am straightedge が入っている。だからこの曲を読む時は、straight edge を生活習慣としてだけ見るより、まず、なぜ明晰さが必要なのかを見た方がいい。

ここでの straight edge は、清潔な生き方のアピールではない。頭を鈍らせるものを断って、現実をまともに見るための立場だ。酒や薬をやらないこと自体がゴールなのではなく、それによって守られる明晰さの方が大事だという考え方が、この曲には通っている。

あるがままに見るという視線

この曲の中でも特に重要なのが I see it all for what it is という一節だ。

ここで言われているのは、悟りや達観ではない。現実を現実のまま見ることだ。壊れているものを壊れていると認める。見たいように見るのではなく、実際にそうであるものとして見る。

この一節が強く響くのは、歌詞全体が崩壊のイメージで埋まっているからだ。ゴモラ、墓場、狂気、寄生虫、退廃。そういう言葉が並ぶ中で、話し手はその光景に飲まれていない。むしろ、その正体を見抜いている側に立っている。ここでの明晰さは、ただシラフでいるということでは終わらない。社会の腐敗を腐敗として認識するための感覚でもある。

この曲の強さはそこにある。世界が壊れていると叫ぶ曲は他にもある。けれど、この曲はそこで終わらない。壊れた現実を見たうえで、自分はそこに流されないと言う。見ることと、流されないことが一つにつながっている。

怒りの向き先

この曲にはかなりきつい言葉が並ぶ。demoralized、lunacy、parasites、degeneration。

ここだけを見ると、ただ攻撃的な歌にも見える。けれど、Karl本人の発言を重ねると、そうは読めない。

彼はEarth Crisisについて、世界をもっと平和で公正なものにしたいという思いから動いていたと話している。ヴィーガニズムについても、ただ食べるものや着るものを変える話ではなく、無垢な命にどう向き合うかという倫理の問題として語っている。

その流れでこの曲を読むと、怒りの向き先もはっきりする。破滅そのものに酔っているのではない。壊れた社会を見た時に、そこへ向けて怒っている。

So many have become demoralized という一節も、その空気をよく表している。

多くの人が鈍って、気力を失って、流されてしまっている。その先で a change must be forced という言葉が出てくるのは、社会の腐敗がそこまで進んでいるのに、自然に良くなるのを待っているだけでは足りないという切迫感があるからだ。寄生虫や退廃という言葉も同じで、社会を曖昧に批判するのではなく、何がそれを腐らせているのかを強い語で言い切ろうとしている。

I am straightedge が重い理由

この曲でいちばん単純な言葉は I am straightedge かもしれない。

でも、この曲ではその単純さがむしろ重い。

HardLoreでKarlは、このタイトル曲について、I am straightedge というシンプルな一文を大きなライブ・シンガロングに変えた statement piece だと振り返っている。

この一行が強く響くのは、単純だからではない。その前に、腐った社会、狂気、寄生、退廃が描かれているからだ。そういう世界を見たうえで、自分はそっちには行かないと言っているから重い。

ここでの I am straightedge は、生活習慣の説明ではない。

自分はどちら側に立つのかを言い切る言葉だ。酔いと曇りの側には行かない。鈍って流される側には行かない。腐った時代を見誤らない側に立つ。その線引きが、この一行に詰まっている。

Karlは後年、straight edge を tribe として成立させたかったこと、脅威や危険を理解したうえで、そこからできるだけ遠ざかるためには線をはっきりさせる必要があったことも語っている。そこまで重ねると、この反復は個人の誓いであると同時に、同じ線を引く者たちへの確認にも聞こえてくる。ライブで大合唱になるのも、その一行が単なる自己紹介ではなく、自分はここに立つという確認になっていたからだと思う。

音の重さも、この曲の意味とつながっている

この曲の主題を考える時、歌詞だけでは足りない。音の重さも大事だ。

Karlは後年、このアルバムを作る時に、もっと遅く、もっと重く、もっと壊滅的に暗い音を目指したと振り返っている。血まみれの身体が廊下を引きずられ、裸電球がちらつくようなイメージを思い浮かべていたという話からも、この作品が言葉だけで暗いのではなく、音でもその世界を作ろうとしていたことが分かる。

この証言を踏まえると、Gomorrah’s Season Ends は歌詞と音が同じ方向を向いている曲だと分かる。社会の腐敗を見ている歌詞に対して、音もまた圧迫感と終末感を持っている。

だからこの曲は、メッセージだけを読んでも足りないし、音の重さだけを味わっても足りない。遅さ、重さ、暗さ、その全部が歌詞の意味とつながっている。

まとめ

Gomorrah’s Season Ends が最後に言い切っているのは、腐った社会から距離を取ることだけではない。壊れた現実を直視して、その中で自分を鈍らせずに立ち続けることだ。

straight edge はそのためにある。

clarity of mind もそのためにある。

I see it all for what it is も、その視線をはっきり言ったものだ。

I am straightedge は、その立場を引き受ける言葉だ。

この曲の主題を一言で言うなら、現実を見誤らないための straight edge だと思う。

EARTH CRISISはここで、堕落した時代を批判しているだけではない。その時代の中で、自分はどう生きるのかを、逃げずに言い切っている。

Gomorrah’s Season Ends

From the core of my being comes this promise to myself

俺の存在の核心から、自分自身へのこの誓いが湧き上がる

That I won’t break my honor before all

俺は何よりも前に、自分の名誉を壊さないという

A one-way mission through life, I won’t change my course

人生を貫く一方通行の使命、俺は自分の進路を変えない

There’s far too much to experience and accomplish

経験し成し遂げるべきことがあまりにも多過ぎる

To waste a precious second drunk or hazed

酔って、あるいは朦朧として貴重な一秒を無駄にするには

An effective revolutionary through the clarity of mind that I’ve attained

俺が得た精神の明晰さによって、実戦可能な革命家

I see it all for what it is as Gomorrah’s season ends in the grave

ゴモラの季節が墓場で終わるなか、俺はすべてをあるがままに見る

So many have become demoralized that now a change must be forced

あまりにも多くの者が気力を失ってしまったので、今や変化は強引でも引き起こさなければいけない

Or all will perish in their lunacy once it falls

さもなければ、それが崩れた時に全員がヤツらの狂気の中で滅びるだろう

Parasites gnaw at the basis, their vulgar ways bring pointless ends

寄生虫どもは基盤をむしばみ、その下劣なやり口は無意味な終わりをもたらす

Perpetuating the degeneration

退廃を長引かせる

In this self is all I need with this oath that keeps me free

この自我の中に俺が必要なすべてがあり、俺を自由に保つこの誓いとともに

To this I am forever true

俺はこれに永遠に忠実である

I am straightedge I am straightedge

俺はストレートエッジだ、俺はストレートエッジだ

I am straightedge I am straightedge 

俺はストレートエッジだ、俺はストレートエッジだ