![INFANT ANNIHILATOR - The Palpable Leprosy Of Pollution [CD] - RETRIBUTION NETWORK DISTRO](https://i0.wp.com/retribution.ocnk.net/phone/data/retribution/product/20180616_dfeea2.jpg?resize=300%2C300&ssl=1)
Infant Annihilatorの I. Infant Annihilator は、残虐な単語を並べて聴き手を驚かせるだけの曲として片づけると、この曲がやっていることの核心を取りこぼしやすい。ここで描かれているのは、教皇を頂点とした宗教権力が、自分たちの正体を守るために救済そのものを先回りして殺そうとする、反転した宗教劇である。語り手は被害者でも告発者でもない。制度の中心にいる教皇自身が命令を下し、幼子キリストの再臨を恐れ、幼児と妊婦の虐殺を進めようとする。その構図によって、この曲は流血の量で押す歌ではなく、宗教的象徴をどこまで倒錯させられるかを試す歌として立ち上がる。
歌詞の中で本当に重要なのは、腐敗した権力が何を恐れているかだ。予言が成就すれば、自分たちは神の代理人ではなく、ローブをまとった変質者にすぎないと露見する。だからこそ教皇は、再臨そのものを潰しにかかる。本来なら救済の中心にあるはずの幼子イエスを、制度の側が先に十字架へ送り込もうとすることで、この曲はキリスト教の物語を逆回転させる。ここにあるのは単純な信仰否定ではない。神の名を利用して地位を守る側の自己保身を、最大級に誇張して見せる視点である。読みどころは残酷表現の過激さではなく、救済神話の反転のさせ方にある。
この読み方が有効なのは、Infant Annihilatorというバンド自体が、最初から過剰さを方法論としていたからでもある。Aaron Kitcherは、2012年に新しい音楽ソフトを試すために始めたこのバンドで、可能な限り最も馬鹿らしくて強烈な音楽を作ることしか考えていなかったと語っている。バンド名や曲名も、音楽と同じくらい完璧にぶっ飛んだものにしたかったとも明かしている。さらに後年の発言では、2作目で描いた宗教カルトの支配者と子供への残虐行為のテーマは、1作目から続いているものだとも説明している。つまり、I. Infant Annihilator に出てくる教皇、幼子、預言、聖職者、虐殺という要素は、その場限りの悪趣味ではなく、デビュー作の時点からアルバム全体を支える世界観の核として置かれていたと見てよい。
もう一つ大きいのは、1stアルバムの歌詞を書いていたのがDan Watsonだった点である。Aaronは、最初のアルバムではDanが全部書いていたと振り返っている。Dan本人も、Infant Annihilatorはもともと気楽なネット企画として参加したもので、最初は遊び感覚で声を乗せただけだったと話している。ところが反応が大きくなり、そのままフルアルバムへ進み、仕事の昼休みに家へ戻って録音を重ねる形で完成まで持っていった。さらに、12月12日の発売日が決まってから後半をかなり急いで仕上げたこと、当時は録音やプロダクション面で自分でも未熟さを感じていたことまで明かしている。だからこの曲は、後から理屈を整えて作られたというより、最初からやりすぎるつもりで作られた世界観が、短期間の勢いと粗さを抱えたまま噴き出した曲として読む方が実態に近い。
その前提で歌詞へ戻ると、I. Infant Annihilator の異常さはさらに立体的になる。ここで語っているのは、外部から教会を糾弾する声ではない。制度の頂点にいる加害者が、自分の口で命令を下し、自分の地位を守るために救済を殺そうとする声である。そのため、この曲は単に過激なだけの導入では終わらない。被害者の悲鳴から始めるのではなく、加害者の宣言から始めることで、The Palpable Leprosy of Pollution という作品全体の救いのなさを、最初の段階で固定してしまう役割を担っている。アルバムの入口にこの曲が置かれている意味は大きい。世界観の説明を後から足すのではなく、最初の一撃で作品全体の倫理の崩壊を宣言しているからだ。
だからこの記事で本当に拾うべきなのは、残酷表現の刺激そのものではない。教皇を語り手にしたこと、再臨の物語を逆向きにしたこと、宗教権力の腐敗を制度の内側の声として描いたこと、そしてその世界観がDanの歌詞とAaronたちの極端な方法論によって、短期間に一気に形になったことだ。I. Infant Annihilator は、過激だから話題になった曲ではなく、腐敗した権威が自分たちの偽装を守るために神話を先回りして潰そうとする、その倒錯した発想をアルバム冒頭でむき出しに提示した曲として読むと、初めて本当の輪郭が見えてくる。






