
Minor Threatの「Straight Edge」は、1981年6月に出た最初の7インチ収録曲だ。Ian MacKayeは、1980年にこの曲を書き、その過程で「straight edge」という語ができたと後年に話している。Ianは、この曲を運動の名前として書いたのではない、自分自身の生き方を書いた歌だと何度も話している。1983年の時点でも、Ianは「Straight Edge」を運動ではなく自分たちの生活の一部だと話していた。Brian Bakerも、人に何をさせる歌ではなく、自分たちがどうしているかを歌っているだけだと話している。Jeff Nelsonも、運動があるとしても、自分たちはその指導者ではないと話している。
Teen Idlesの時期、IanとJeff Nelsonは、ヘロイン、コカイン、飲酒に結びついたロック文化から離れようとしていた。未成年の仲間が会場に入れない状況の中で、San FranciscoのMabuhay Gardensで見た、手にXを書いて未成年を入れるやり方をD.C.に持ち帰った。Ianは、しらふでいれば頭がはっきりしていて、自分が何をしたかも覚えていられると話している。1984年の映画「Another State of Mind」の字幕には、二十一歳未満が入れない酒場への反発、未成年向けの公演、三ドルの入場料、バンドの責任という断片もある。
Ianは、十二歳で酒を口にしたが自分には合わなかったと話している。Palo Altoにいた時期を挟んでWashingtonに戻ると、友人たちは薬物に深く入っていて、自分はそこに入らなかったとも話している。1983年の時点で、友人たちが人生を壊していくのを見るのが嫌だったと話していた。
Punkfest Cornellの質疑応答では、近所のGlover Parkで、夜中に公園のベンチで強い酒を回し飲みし、潰れた者を残して泳ぎに行くような場面があったと話している。自分はそこに乗らなかったとも話している。酔うことより、砦を作ること、スケートボードの斜面を作ること、何かを作ることに興味があったとも話している。
高校に入ってからも、酒を飲むことや騒ぐことを反抗のように扱う空気があった。Ianは、それを体制にとって都合のいい反抗のように見ていたと話している。高校では、周囲から良心役のように扱われていた。Ian自身は、自分が説教して回っていたのではなく、相手が勝手に後ろめたさを感じていたと話している。高校の友人が学校で吐き、意識を失い、起こせない状態になったことも話している。子どもの頃、家の地下の冷蔵庫に入っていたSchaefer beerを、大人になったら飲むもののように見ていたことも話している。友人たちが酒や薬物のために、半分だけの録音機や工具のようなものまで盗んでいたことも話している。自分はそこから離れて、スケートボードの方へ戻っていたとも話している。
Teen Idlesの時期には「I Drink Milk」という冗談の曲があった。Ianは、この曲が高校の飲酒文化への返答だったと話している。そのあと地元のパンクの現場に入ると、今度は、しらふでいること自体を笑われた。Ianは、そのあとに「Straight Edge」を書いたと話している。高校、スケートボードの世界、ロックの会場、パンクの現場の全部で、自分は酔わない側としてからかわれていたとも話している。
「straight edge」という語も、最初から後の意味で作られたわけではない。IanとJeffは、これをバンド名候補として考えていた。定規や刃物のまっすぐな縁という意味があり、周囲に笑われている自分たちには一つの鋭さがあるという話も出ている。酔って記憶を失う側ではなく、自分が何をしたかを覚えていて、その行動に責任を持てる、という説明もある。
歌詞の最初の行「I’m a person just like you」について、Ianは、まず相手と同じ場所に立つ一行だと話している。そのあとで、自分はこうすると続ける形になる。Ianは、この歌を強い言い方で書けば話は片づくと思っていたが、実際には議論を加速させたとも話している。
Ianが何度も挙げているのが、Jimi Hendrixの「If 6 Was 9」にある「自分の人生は自分の望むように生きさせてくれ」という一節だ。Ianは、この一節を「Straight Edge」の中心に置いている。自分の人生は自分のものだと話している。
初稿についても断片が残っている。後年の発言では、「smoke the split」に近い表現があり、Bad Brainsへのちょっとした言及だったと思うと話している。ただし、本人の言い方は断定ではない。
1984年の映画「Another State of Mind」の字幕には、ずっとしらふだったこと、友人たちを見ていたこと、強い反発があったこと、規則集ではないこと、頭がまっすぐであること、という断片がある。字幕に出てくる内容は、Ianの他の発言と重なる。
曲が広がったあと、受け取られ方はすぐに大きくなった。ツアー先では、曲名をもじった別の呼び名を使う連中が現れた。Ianは、その反応のあとに「In My Eyes」と「Out of Step」を書いたと話している。「Life of the Record」では、「Straight Edge」が大きな反応を呼んだので、「In My Eyes」で一つずつ掘り下げ、「Out of Step」で宣言として出したと説明している。1983年の時点でも、「Straight Edge」は執着への反発で、前向きな歌であり、規則集でも運動でもないという説明が出ていた。Jeff Nelsonも、運動があるとしても、自分たちはその指導者ではないと話している。
後年になってからも、Ianの言い方は変わっていない。ストレート・エッジを運動として受け入れていないこと。もともとは個人が自分の生き方を選ぶ権利を祝うものだったこと。人を傷つけるために自分の言葉が使われるのは望んでいないこと。暴力的で教条的な少数が目立ったことは認めながら、それを曲の出発点とは一致させていない。大半の人は、自分や世界に対して正しくあろうとしていただけだ、とも話している。
Fugaziの時代、長距離運転のあとにIanが砂糖の入っていないアイスティーを飲んでいたら、若いストレート・エッジの子に、友人がカフェインも薬物だと言っていると絡まれた。Ianはそれを退けている。この話は、曲が出た時期の話ではない。
「Snort white shit up my nose」と「Pass out at the shows」については、元になった人物や出来事を特定する発言は見つかっていない。確認できるのは、Ianの周囲に、白い粉、飲酒、潰れること、会場と酩酊が結びついた文化が実際にあり、Ianがそれを見ながら、自分はそちらへ行かないと書いたところまでだ。
Straight Edge
I’m a person just like you
俺はおまえと同じ人間だ
But I’ve got better things to do
だけどもっとやるべきことがある
Than sit around and fuck my head
ただ座り込んで自分の頭をブッ壊すくらいなら
Hang out with the living dead
生ける屍とつるむ
Snort white shit up my nose
鼻にクソな白い粉を吸い込む
Pass out at the shows
ライブで気絶する
I don’t even think about speed
スピードなんて考えもしない
That’s something I just don’t need
それは俺にはまったく必要ないことだ
I’ve got the straight edge
俺はストレートエッジだ
I’m a person just like you
俺はおまえと同じ人間だ
But I’ve got better things to do
だけどもっとやるべきことがある
Than sit around and smoke dope
ただ座ってマリファナを吸っているよりは
‘Cause I know I can cope
だって俺は自力で対処できるから
Laugh at the thought of eating ludes
ルーディを食うなんて考えを笑い飛ばす
Laugh at the thought of sniffing glue
シンナーを嗅ぐなんて考えを笑い飛ばす
Always gonna keep in touch
いつだって正気でいる
Never want to use a crutch
絶対依存したくない
I’ve got the straight edge
俺はストレートエッジだ






