
NasのMy Countryを聴くと、最初に突き刺さるのは祖国への怒りです。けれど、この曲が本当に重いのは、ただアメリカを罵倒しているからではありません。Nasはこの曲で、アメリカを遠くから裁いているのではなく、その国の中で生まれ、その国の空気の中で育ち、その結果として傷を負わされた側から言葉を発しています。American born, American raised, American made という言い方には、自分もまたこの国に作られた人間だという感覚がはっきりあります。その直後に My country shitted on me と吐き出すからこそ、この曲は単なる悪態では終わりません。そこには、帰属している国に踏みにじられた者の実感があります。
Stillmatic期のNasは、自分の表現を立て直そうとしていた時期でした。当時の発言を追うと、彼はこのアルバムを再出発として捉えていて、昔の自分をそのまま再現しようとはしていません。Queensbridgeに閉じ込められていた若い頃の自分のままではなく、外の世界を見たあとで戻ってきた人間として、今の時代を書くつもりだったことが見えてきます。だからMy Countryには、昔話のような閉じた視点がありません。街の記憶は残っているのに、視野は街の外まで広がっている。そこで見えてくるのが、監獄と戦争、家庭崩壊と国家、黒人の生活と世界史がつながってしまうアメリカの姿です。
この曲を読むうえで重要なのは、二つの視点が交互に置かれていることです。Nasのパートでは、ライカーズ島へ送られる囚人の側から話が進みます。父親は不在で、母親はドラッグに苦しみ、幼いきょうだいを食わせる責任が自分にのしかかる。歯のない笑顔の母親が友人の前に現れる場面や、父親のぼんやりした記憶まで出てきて、生活の崩れ方がかなり生々しく描かれています。これは貧困の一般論ではありません。家族の傷が、路上と犯罪と収監へつながっていく具体的な過程です。
もう一方のMillennium Thugのパートでは、砂漠の兵士の視点が出てきます。ハマーとレンジが走り、遠くまで瓦礫が見え、風の音にさえ銃弾を連想してしまう。夜になると大人の男が泣く。仲間を埋葬したばかりなのに、自分はまだここで死ねないと思っている。こうした描写は、戦争を抽象的な政治用語にせず、消耗していく人間の感覚にまで落とし込んでいます。海が見える、星が近く見えるという一瞬の美しさまで差し込まれるぶんだけ、その場所の狂気がむしろ強くなっています。
この二つのパートが並ぶことで、My Countryははっきり輪郭を持ちます。片方では黒人の若者が監獄へ送られ、もう片方では兵士が砂漠で神経をすり減らしている。場所はまるで違うのに、どちらも国家の仕組みの中で使い潰されていく人間として描かれているのです。しかも二人の声が重なるのは、自分たちの置かれた状況を巨大な金の流れとして感じ取る場面だけです。この重なり方がかなり重要です。監獄も戦場も、そこに放り込まれる人間にとっては生死の問題なのに、上から見れば巨大なビジネスとして動いている。その感覚が短い一節の中に圧縮されています。
Nasのパートでとくに重いのは、社会批判が生活のディテールから立ち上がっていることです。なぜ自分は医者の子どもではなかったのか。なぜ自分の家には株を残してくれるような親がいなかったのか。こうした言葉は、成功できなかったことへの不満ではありません。生まれた時点で配られている条件の差に対する痛みです。アメリカという国が夢や成功を語るたびに、その裏側で誰が最初から不利な場所に置かれているのかが、この曲ではむき出しになります。父の不在、母の依存、きょうだいを食わせる責任、路上、銃、収監。その流れが一本につながっているからこそ、My country shitted on me という言葉が強いのです。

2001年という時代を重ねると、この曲の現実味はさらに増します。当時のアメリカでは、監獄の収容人数がすでに非常に大きく、黒人男性に偏った収監の現実がはっきり数字に出ていました。同じ年にはアフガニスタンでの軍事作戦が始まっています。Stillmaticは、まさにその年の終わりに出たアルバムです。だからMy Countryに出てくるライカーズと砂漠は、比喩として便利だから置かれているわけではありません。その年のアメリカで同時に進んでいた二つの現実です。国内では監視と収監が黒人の生活の近くにあり、国外では戦争が始まっていた。その両方を同じ曲の中に入れたところに、この曲の深さがあります。
曲の最後でチェ・ゲバラ、マルコムX、キング牧師、パトリス・ルムンバの名が呼ばれると、視界はさらに広がります。ここをさらっと流してしまうと、かなり大事な部分を落としてしまいます。Nasはここで、悲劇の英雄を飾りとして並べているのではありません。国家や帝国や植民地主義に押し潰されながら、それでも現実を変えようとした人たちの記憶を、自分たちの現在へ引き寄せています。もちろん彼らの人生は同じではありませんし、思想も立場も違います。けれど、人種支配、戦争、植民地支配、国家暴力に真正面からぶつかったという点ではつながっています。だからこの名前の並びによって、ゲットーの若者、囚人、兵士の人生は局地的な不幸として閉じなくなります。黒人の生活と世界の反支配の歴史が、一つの線の上に乗ってきます。


ここで効いてくるのが、Nas自身が歴史や政治に関心を持ち、Che Guevara や Malcolm X に実際に触れていたことです。曲末の名前は飾りではありません。教養っぽく見せるために置かれた単語でもありません。Nasが自分の関心の中で抱えていた歴史と思想が、そのまま流れ込んでいるから重みがあるのです。キング牧師の反戦演説やマルコムXの国家批判を踏まえると、My Countryの後半は、単なる追悼ではなく、黒人解放と国家暴力を同じ視野で見るための着地点として読むことができます。

さらに見逃せないのは、Stillmaticそのものがバトルだけのアルバムではないことです。Jay-Zとの応酬が巨大な話題になった時期でしたが、Nas自身はそれだけでこの作品を消費されたくないという感覚を持っていました。My Countryのような曲を読むと、その理由がよくわかります。ここには勝ち負けのゲームを超えたものが入っているからです。家庭の崩壊、黒人の生活、監獄、戦争、歴史上の名指し、そのすべてが一つの流れの中で結ばれている。Stillmaticの本体は、そうした重い視野を持つ曲にも確実にあります。
My Countryのフックで繰り返される、知り過ぎた、見過ぎたという感覚も印象的です。この言葉は、ただ挑発的な響きを狙ったものではありません。監獄、戦争、警察暴力、貧困、植民地支配、革命家たちの死。そうしたものがばらばらではなく、同じ国の論理の延長で見えてしまった後の感覚です。一度そこまで見えてしまった人間は、もう素朴に祖国を信じることができない。その地点から発せられているからこそ、この曲には怒りだけでなく、諦めきれなさと追悼の重さまで入っています。

My Countryは、祖国が嫌いだというだけの曲ではありません。自分を作った国の本性を見てしまった者が、その現実を背負ったまま言葉にした曲です。ライカーズへ向かう囚人の車内、砂漠の兵士の視界、薬物に壊される家庭、歴史に刻まれた革命家たちの名。その一つ一つが切り離されずにつながっているからこそ、この曲はStillmaticの中でもとくに重く、2001年のアメリカを深い場所から映した一曲として残っています。

My Country
American born, American raised, American made
アメリカ生まれ、アメリカ育ち、アメリカ製
[Hook x 2]
My country shitted on me (My country)
俺の国は俺を裏切った(自分の国)
She wants to get rid of me (Naw, never)
彼女は俺を排除したい(いや、絶対にない)
Cause the things I seen (We know too much)
俺が見てきたもの(俺達は知り過ぎている)
Cause the things I seen (We seen too much)
俺が見てきたもの(俺達は知り過ぎている)
Nas
Aiyyo, it’s packed on this Rikers bus
おいおい、このライカーズ島のバス満員だぜ
The tightest cuffs is holdin’ me shackled
最もきつい手錠が俺を縛りつけている
The life of a thug caught in the devil’s lasso
悪魔の投げ縄にかかった凶悪犯の人生
On the streets I was invincible
路上では俺は無敵だった
Cowards would duck at a glimpse if they knew
臆病者は知っていれば一目散に身を隠すだろう
What my pistol would do, a fuckin’ killa
俺の銃でどうしてやろうか、半端なく最悪に
Mother’s a dopefiend embarrassin’ me
母親は麻薬常習者で恥ずかしい
All in front of my friends
何もかも友人達の目の前で
In the street smile with no teeth
歯のない笑顔で通りを歩く
I never knew daddy, heard he had a 72 caddy
俺は父親を知らなくて、72年式のキャデラックを持っていたと聞いた
Died in a robbery, can’t remember him, was probably 3
強盗事件で死亡したが、彼を覚えていなくて、おそらく3歳だった
Why didn’t my folks just die in this society
なぜ俺の両親はこの社会で普通に死ねなかったんだ?
Why wasn’t I a child of a doctor, who left stocks for me
なぜ医者の子供ではなかったんだろう、俺の為に株を遺してくれるのに
Two little brothers, two sisters, them shorties gots to eat
2人の弟、2人の姉妹、こいつら小僧どもも食わなきゃならん
Mother’s a junkie, she twisted, so all they got is me
母親は中毒者で、彼女は歪んでた、だから彼らみんなを養ったのは俺
I’m the provider, with goals to do much better than my father
俺は家族の扶養者で、自分の父親よりもずっと上を目指している
Whether through drugs sold, or holdin’ revolvers
どんな手段であれクスリを売って、あるいはリボルバーを握りしめて
Blurry visions of dad holdin’ me high
ぼんやりとした父親の記憶が俺を気高くさせてくれる
It comes to me slowly, the words he would cry
それはゆっくりと俺に、彼が叫ぶであろうその言葉が届く
Repeat Chorus
Millenium Thug
It is I that step up
俺が立ち上がるんだ
Me that don’t give a fuck, you that foe, then it’s all over soldier
俺がどうでもいいヤツなら、おまえが敵で、それで終わりだ兵士よ
Hummers and Range’s through the desert
砂漠を駆け抜けるハマーとレンジローバー
Fuck a 20-inch, long as we got gas and we got water
イカす20インチ、俺達はガソリンと水さえあればいいんだ
Troopers lookin’ for manslaughter
警官が過失致死罪の容疑者を捜している
I gotta get back, for what they owe
俺は戻らなきゃ、ヤツらには借りがある
Shoot’em in the back for the get back
仕返しに背中に撃ち込んでやるよ
hold tie gag
キツい冗談だ
Forget the life had, now we all rebels
かつての生活を忘れて、今では俺達はみんなが反逆者だ
Everything burnt down includin’ the ghetto
ゲットーを含めてすべて焼き堕ちた
We can see 4 miles the land its major rubble
4マイル先まで見渡せるがその土地は主に瓦礫で覆われている
And debris from the earth as we knew crumble
そして、かつて知っていた地球の破片が崩れ落ちる
Yo you could see the sea
おい、海が見えるぜ
And the stars look closer to me
そして星々は俺にはもっと近くに見える
I’m a mad man, this is a real life movie Mad Max
俺はキチガイで、これは現実版マッド・マックスだ
S-K’s, AK’s max, ABR’s spittin’ and it ain’t a rap
S-Kの連射、AKの最大射撃、ABRの吐き出す弾幕、これはラップじゃない
My mommy dearest pray for me hopin’ I come back
最愛の母よ、どうか俺の無事を祈って、俺が戻って来られますようにって
But yo
だがな
Repeat Chorus
Nas + Millenium Thug
Yo, I’m sittin’ behind these prison walls
おい、俺は今この刑務所の壁の向こう側に座ってるぜ
I got this pen and pad wishin’ on a visit, God
このペンとメモ帳を、神様にお願いしながら手に入れたんだ
Brothers is here for homicide and yo, it’s some for rape
兄弟たちは殺人でここにいるぜ、おい、それに強姦もいくつかある
Some brothers innocent, I pray that I could just escape
罪なき兄弟たちよ、ただ逃げ出せればと祈るぜ
How is the war
戦争はどうだろうか
And yo I’m wishin’ I was in your shoes
なぁ、マジでおまえの立場になれたらって思ってるよ
Holdin’ machine guns
機関銃を構えて
Clean fun, shootin’ dudes with fatigues on
純粋な楽しみで、迷彩服を着た奴らを撃ちまくる
Anywhere is better than this
こんな所より、どこだってマシだ。
It’s America’s plan every color of man inherits the shit
アメリカが企むのは、あらゆる肌の色の人間がクソを相続することだ
Yo I’m startin to think it’s all a scheme, nobody cares
おい、全部仕組まれたことなんじゃないかと思い始めてるぜ、誰も気にしてないんだ
I know the warden is readin’ the scribe
看守が書記の文章を読んでいるのは知っている
[MT] But yo I swear, it’s a billion dollar business
でもマジで、これは10億ドル規模のビジネスなんだぜ
Courts, lawyers and jails
裁判所、弁護士や刑務所
We all slaves in the system, I’m bout to rebel
俺達はみんなシステムの奴隷で、俺はそろそろ反逆するぜ
Millenium Thug
There’s not a bitch in sight
見渡す限り女は一人もいない
Or block bench, or black gate
それか妨害判事席、それとも地獄の門
Or gray fence, look who fucked it all up, Mr. President
あるいは灰色の柵、誰が全部めちゃくちゃにしたか見ろよ、大統領閣下
I remember yesterday we was on the block gettin’ bent
昨日俺たちブロックで酔っ払ってたのを覚えてるぜ
Now it’s state of the art
今や最先端の技術だ
I just saw the first dude I met here, his head came apart
ここで初めて会った男を見たばかりなのに、彼の頭がバラバラになった
What a bloody mess, a slug fest
なんて血みどろの惨事だ、殴り合いの乱闘だ
I just buried 8 of mine, at night I hear grown men cryin’
夜になると大人の男が泣くのが聞こえる、ちょうど8人の仲間を葬ったばかりだ
You know I’m spittin’ mine
俺がぶちまけてるって分かってるだろ
I ain’t goin’ out here, we gotta win
俺はここで散る訳にはいかないし、我々は勝たなければならない
Everytime I hear the wind I think a slug went in
風が鳴るたびに弾がどこかに撃ち込まれたんじゃないかって思う
I’m checkin’ my chest, holdin’ my head
自分の胸に聞いてみて、頭を抱えている
Catchin’ my breath, watchin’ my back
息を整えて、背後に気を配る
Smokin’ this grass, beatin’ my dick, thinkin’ of ass
この草を吸いながら、チンポをシゴいて、ケツのこと考えてる
I don’t know what they broadcast, the newsflash is fake
何を放送しているのかわからない、ニュース速報はガセネタだ
Everyday I’m feelin’ like you, I wanna escape
毎日おまえみたいに感じてる、逃げ出したいんだ
And if y’all niggas feelin’ like me, y’all niggas just say
そして、もしおまえらも俺と同じ気持ちなら、おまえらもそう言えよ
Repeat Chorus
Nas
This goes out to Che Guevara;
これはチェ・ゲバラに捧げる。
A Revolutionary destroyed by his country
祖国に破滅させられた革命家
Just trying to fight for what’s real
ただ真実のために戦おうとしているだけ
This goes out to my nigga Malcolm El-Hajj Malik Shabazz
これは俺の兄弟マルコム・エルハジ・マリク・シャバズに捧げる
Just trying to fight for what’s real
ただ真実のために戦おうとしているだけ
This goes out to Martin, all about peace and destroyed by his own country
これはマーティンに捧げる、平和のすべてを掲げながら、祖国によって破滅させられた
This goes out to everybody in the whole world
これは全世界のすべての人々に向けて捧げる
Just trying to fight for what’s real
ただ真実のために戦おうとしているだけ
To Patrice Lumumba;
パトリス・ルムンバへ。
Just trying to fight for what’s real and destroyed by his own people
ただ真実のために戦おうとしているだけなのに、自国民によって破滅させられた
This goes out to my hood niggas
これは俺の地元の仲間たちに向けてだ
Coming up everyday just trying to survive the only way we know how
毎日成り上がろうともがきながら、俺たちの知っているたったひとつのやり方で、ただ生き延びようとしてるだけなんだ。
But see we know too much now, and we seen too much now
だが見ろよ、俺たちは今を知りすぎている そして今を見すぎている
So ain’t nothing gon’ to stop us now
だから今さら俺たちを止めるものなんて何もない
To my country, to my country, my country, my country…
我が祖国よ、我が祖国よ、我が祖国よ、我が祖国よ…