
Next Step Upは、Aaron MartinekとMike Ayresが高校生の時に始めたバンドで、1990年後半に親の家の地下室で動き出した。最初のシンガーはDave Hunttで、その後にJR Glassが加わった。初期の流れはCorrupted、Without Reason、Next Step Upの順で、最初は5人編成、JR加入後に4人編成として固まった。Mike Menace KrellerとChad Rushは、最初のデモ音源、Heavy 12 inch、Baltimore Hardcore Demoでドラムを担当し、Chadの後にはDamon Stowellが入った。JR、Aaron、Mike、Damonの編成でIntent to KillとFall From GraceをGain Groundから出し、東海岸を回った。Josh HartとDoug Williamsは長く在籍し、Bruce Greigは1995年にギターで加入してBreaking Point EPで演奏している。バンドはヨーロッパを複数回回り、1998年には日本ツアーも行った。2010年には5年の活動休止を経て再結成し、2011年の日本ツアー用Twenty Year Anniversary CDには、1998年の日本ツアーで録音されたライブ音源と未発表音源が収録された。
Aaronは、技術を見せるタイプのスラッシュではなく、歌詞の面でもハードコアに寄ったものをやろうとしていたと話している。現実に近いこと、自分たちの生活に引き寄せて考えられることを歌いたかったとも話している。曲については、踊れる重さとグルーヴのあるものを書きたかったという。バンド名は帽子の中から引いて決めた。歌詞の大半はJRが書いた。影響源としてGut Instinct、Obituary、ヒップホップの要素も挙げている。George FisherがいたCorpse GrinderとBel Air Youth Centerで一緒にやった話も残っている。
JRは1980年代半ばからBaltimoreのシーンにいて、学校時代にSex PistolsとRamonesを聴き始め、Baltimore CityのUtah Street Clubhouse、Jules’s Loftとしても知られていた場所に通うようになった。20歳か21歳のころには、Next Step Upに入る前からショウを組み、zineにも関わっていた。地元のバンドとしてCrackとGut Instinctを挙げ、Tad from StoutやSammyたちと一緒にGut Instinctのメンバーについて回っていたことも話している。Crackについては、Joe Robinsonがいて、Jeff Shepardsが歌い、パンク寄りのハードコア・バンドだったと説明している。JRはこのあたりの時期として1986年、1987年、1989年を挙げている。
JRは、自分はオリジナル・メンバーではなく、MikeとAaronは自分の出た高校の後輩で、弟もシーンで知られていたと話している。自分がショウを組んでいたので、相手も自分のことを知っていたという。Dave Hunttが最初のシンガーで、声をかけられた時点では歌うつもりがなかったが、数か月後にやっておけばよかったと思い、そこから話がつながって加入した。最初のショウでは、自分が半分、Daveが半分を歌った。加入時期についてJRは1991年ごろと話している。
JRは、BaltimoreとDCでのショウ運営についても具体的に話している。当時のルームメイトだったJohn from Cornerstone Recordsと一緒にDCでショウを組み、その後にBaltimoreでも組んだ。DCではVirginiaとMarylandの郊外の客、そしてDCの客が来たが、BaltimoreではBaltimoreの客は来ても、Northern VirginiaとDCの客は来なかった。会場として挙げているのはSt. Stephen’s Church、WST Radio Hall、Wilson Center、Club Asylum、Hammerjacks、Rageである。会場は騒ぎの後で使えなくなり、別の会場に移ることが続いた。インターネットがない時期だったので、フライヤーを手で配り、レコード店を回っていた。Johnと最初に組んだショウはSt. Stephen’s Churchで、Sick of It All、Gut Instinct、World’s Collideが出演した。HammerjacksではGrip Incorporatedのショウに出て、そのとき当時のドラマーがDave Lombardoを見ながら演奏していたという。
JRは、当時のBaltimoreでNazisと対立していた話もしている。自分たちは人種差別に反対するスキンヘッズで、Nazisはショウに来て勧誘の紙を配り、アーリア人種への加入を勧めていた。JRは、east sideを中心にしたBaltimore area skinheadsという名前も挙げている。以前から知っていた連中がNazisになっていたとも話している。Nazisが会場に絡むと、その会場を使えなくなることがあった。JRは、路上での殴り合いがあり、Gut Instinctの歌詞に出てくる暴力の言葉は当時の生活そのものだったと話している。CCS crewについてはCharm City skinsのハードコア・クルーだと説明している。CCSの仲間は後年も家族のような関係で続いているとも話している。
JRは、自分がショウを組んでいたので、自分のバンドをSick of It All、Sheer Terror、Life of Agonyの前座に入れたとも話している。Aaronは、初期のObituaryのリフとブレイクダウンについて話している。JRは、MikeとAaronがゆっくりした、重く引きずる感じのあるものを聴いていたと話している。JRは、当時はbeatdown hardcoreという言い方はなかったとも話している。ハードコアとメタルを混ぜていたという話もしている。
JRは、初期に高音質の8曲カセットを作り、会場の外で売っていたと話している。年上の仲間よりも、年下の客層のほうに強く広がったとも話している。最初期のNext Step Upのショウでは、年少の客が年上の古参に手を出しそうになり、止める場面が多かったとも話している。Aaronは、最初のdemoを自分で高速ダビングし、New YorkのIcemenとの週末にPennsylvaniaとWashingtonでやったショウに合わせて手番号入り25本を作った。その25本はその週末でなくなった。正式なカセット版もすぐに動いた。いくつかのdemoの後、ドイツのGain Groundと契約し、最初の7-inch、その後にFall From Grace LPとHeavyの再発につながった。JRは、East Coast Assaultへの参加がGain Groundにつながったと話している。JRは、1992年か1993年ごろには勢いがつき、1994年にはGain Groundから最初のEPが出ていたとも話している。Intent to Killがいちばん波を作った作品で、East Coast Assaultに入ったL.A. Storyと重なっていたとも話している。Heavyが最初のレコードで、Conanのレーベルから1000枚作ったこと、CDが売れる時代に12-inchを抱え、Super Bowl of Hardcore in DCでRick to Lifeにまとめて売ったこと、そのレコードが日本に渡り、日本の客が高額で買っていたことも話している。
1995年盤Fall From Graceのブックレットには、Fall From Grace、Torn、Bloodstained Eyes、Bringing Back the Glory、Bent Not Broken、Nothing、Doorstep of the Nation、Nishinga、L.A. Story、Passive Aggression、Cursors of the Light、Sweet Leafの12曲が載っている。Sweet LeafはBlack Sabbathの曲として表記されている。メンバー表記はJ.R. Glass、Mike Ayres、Damon Stowell、Jon Sampsonである。録音クレジットは1995年2月、BaltimoreのFalling Sound Studios、エンジニアはDrew Mazurekとなっている。プロデュースはDrew MazurekとNext Step Up、アートワークはCarlos A. Batts、著作権表記と連絡先住所も載っている。住所は21 Hickory Nut Court, Baltimore, Maryland 21236 U.S.A.である。Aaronも、初期音源はDrew MazurekのFalling Sound Studiosで録音したと話している。
歌詞ページでは、Fall From GraceにJR Glassが詞、NSUが曲というクレジットが付いている。TornとBloodstained Eyesも同じページに載っている。歌詞ページには、内側から生まれる邪悪さ、欲望と罪、破滅への転落、恥辱の火、失われる純粋さといった内容の文言が並んでいる。
最終ページには、JR、Mike、Damon、Next Step Upそれぞれの謝辞欄がある。JR欄にはA.C. Bhaktivedanta Swami Prabhupadaへの謝意があり、Mike欄にはA.C. Bhaktivedanta Swami Prabhupadaの教えと本に救われたこと、ISKCONに導かれたことへの謝意が書かれている。JR欄の最後には、シーンを暴力と愚かな人種差別政治の犠牲にするなという一文が入っている。Damon欄にはDrew、Brian Cross、Zac Strong Intention、Tony Str 8などの名前がある。Next Step Up欄にはChris Bannisterへの謝意、Respiが脱退前にベースを入れたことへの言及がある。さらに、Confusion、Anasazi、25 Ta Life、Crown of Thornz、Juice、Bulldoze、All Out War、Prisoner of Conscience、Life on Trial、Excessive Force、Life of Agony、Biohazard、Sick of It All、Breakdown、Cornerstone、Krutch、Bricklayer、Sheer Terror、Shelter、Buck Fever、Sam Black Church、Snapcase、Change Within、Gridlock、Cro-Mags、Worlds Collide、GMK、GWAR、Integrity、Vision、First Offense、Out of Line、Strength 591、Torn Apart、Strong Intentions、Iron Boss、Scouts Honor、Madness Action Cause、Eternal Separation、One for One、Fury of Fiveなどのバンド名が並んでいる。来場者の支えがなければ、とっくにやめていたという文も入っている。Damon欄には、VA、MD、PA、NYCの各クルーや、いつもつるんでいた人たち、ショウに来ていた人たちへの言及も残っている。
JRは、クリシュナ意識についてのインタビューで、子どものころに母親に連れられて行った書店兼ベジタリアン・レストランでKrishnaの絵や雑誌を見ていたこと、1986年ごろにCro-Magsのショウで信者たちが配っていた文献を受け取ったこと、その翌年の夏に海辺の遊歩道でBhagavad Gitaを売っていた信者から、読むならやると言われて1冊を受け取ったことを話している。その後に断続的に寺院に通い、Argentina、Los Angeles、日本でも信者に会ったと話している。Next Step Upが始まったころは、自分、Aaron、Mikeがストレートエッジで、DCの寺院の食事会にも行っていた。AaronとMikeは後にクリシュナ意識から離れ、自分は離れなかった。JRは、自分が歌詞を書くので、Next Step Upの歌詞にはクリシュナ意識の要素がよく入っていたと話している。
JRがそのインタビューで一曲ずつ説明しているのはKarma、Nishinga、Cursors of the Lightである。KarmaについてJRは、当時は攻撃的でNazisを殴って回っていて、Nazisがショウに来て殴られるならそれは自分で持ち込んだことだ、だからKarmaだという感覚で書いたと話している。JRは、それをクリシュナ意識を理解し始めた初期の段階の表現だとも話している。NishingaについてJRは、Nrsimha Devとそのまま書くと発音もしづらく理解もしにくいので、音に寄せてNishingaとしたと話している。内容については、HiranyakashipuとPrahlad Maharajの話を歌詞にしたと話している。Cursors of the LightについてJRは、Bhagavad Gita As It Isから直接取った歌詞があり、精神的な方向へ向かうことを拒む人間、悪魔的な性質を持つ人間、知性を失った人間について書いたと話している。JRは、Bhagavad GitaとSrila Prabhupadaの言葉が自分の考え方の土台だとも話している。
2019年のライブ資料には、Neshengaの短い説明、Baltimore lineage、反人種差別、右派ナショナリズムに反対するMCが含まれている。1998年1月10日のTokyo CYCLONEでは、Breaking Pointを、会場で売っていた7-inch EPの表題曲として紹介している箇所がある。同じ文字起こしには、インディペンデント・ハードコアを支持しろという断片も入っている。2019年のライブでは、EindhovenでNext Step Upを名乗り、Marta from No Turning Backに触れ、家族の再会のような場であり、何十年も知っている人たちがいると話している。Bloodstained Eyesの前には、菜食を実践している人たちに向けた曲だとして、自分だけがまだバンドの中で菜食主義者だと話している。Neshengaについては、獅子の姿で信者を救う神格についての曲として紹介している。
同時代レビューは二つ残っている。好意的なレビューでは、Fall From Graceはデビュー・フルレングスで、death/thrashの影響を持つ非常に凶暴なハードコアだと書かれている。TornとNishingaが強いこと、Gain Groundのパッケージ、Sweet Leafのカバーにも触れている。もう一方のレビューは否定的で、プロモ写真の見た目と音の両方を批判している。ツアー告知として、Spremberg、Leipzig、Weinheimの日程も載っている。
JRは、Dying FetusがBringing Back the Gloryをカバーした経緯も話している。Dying Fetusのメンバーとはもともと知り合いで、Integrityのカバーをやった後に、covers EPでNext Step Upの曲もやりたいと申し出たという話である。YouTubeでNext Step Upのショウ動画にDying Fetusの曲を下手にやっていると書かれることがあるとも話している。Bringing Back the Gloryについて、JRはBulldozeとの関係に触れながら、BulldozeのNothing But a Beatdownを連想させるフレーズについて、どちらが先だったかは分からないと話している。Misery IndexのMark Kloeppelが、Baltimoreのハードコア・バンドと言われて最初に思い浮かぶのはNext Step Upだと話す箇所もある。そこではBruce GreigがMisery Indexにも関わっていたこと、Next Step UpがJasonとJohnのDying Fetusにも影響したことが出ている。冒頭では、Boxcutter、Wisdom in Chains、Z9で知られるRichie Crutchが、好きなBaltimoreのハードコア曲としてIn this age of quarrel, where man destroys himselfを挙げている箇所もある。Bringing Back the Gloryは、Fall From Grace収録曲の代表曲として紹介されている。
Fall From Grace
Unholy matrimony of evil from within
内なる悪による不浄な結合
Breeding unclean thoughts, desires of lust and sin
不純な思い、肉欲や罪への欲望を育む
Sweeping over my being, remorsefully I consent
俺の存在自体を覆い尽くし、後悔しながらも受け入れてしまう
To begin a life of sorrow, I force my own descent as I…
苦悶に満ちた人生を始めるため、俺は自ら堕ちていく、俺は…
Fall from grace x 4
失墜
Downtrodden and desolate, alone I set the pace
蹴散らされ荒れ果て、独り歩みを刻む
My horrific actions, feed the fires of disgrace
俺の恐るべき行いは、不名誉の炎を煽る
That burn away the purity I once held in my heart
かつて俺の心に抱いていた純粋さを焼き尽くす
From the purity of light, I must part as I…
光の純粋さから、俺は離れねばならない、俺は…






