EMMURE、You Sunk My Battleship

EMMUREの「You Sunk My Battleship」は、2009年のアルバム『Felony』に入っている曲の中でも、その時期のバンドの変化がかなり濃く出た一曲だ。EMMUREはメタルコアやデスコアの文脈で語られることが多いが、音の実感としてはそれだけでは足りない。低く沈むグルーヴ、反復の圧、ニューメタル由来のうねり、ハードコアの押しの強さが同時に入っている。その混ざり方こそが、このバンドの個性だった。

『Felony』期のメンバーは、Frankie Palmeriがボーカル、Jesse KetiveとMike Mulhollandがギター、Mark Davisがベース、Mike Kaabeがドラムという編成になる。この曲を読む上で特に重要なのは、歌詞と曲の空気の中心にいるFrankie Palmeriと、ギター面の重さと流れを押し広げたJesse Ketiveだ。Felonyは、ただ3枚目のアルバムという話ではない。Jesse本人の振り返りでも、兄弟メンバーが抜けたあとに初めて作られた作品で、書き方そのものが変わった転換点だった。バンドの名前は続いていても、中身では新しい段階に入っていたと考えたほうが分かりやすい。

「You Sunk My Battleship」の歌詞で最初に強く残るのは、自分で自分の墓を掘っているという感覚だ。ここで大事なのは、壊れ方が急ではないことだ。ゆっくりだが確実に沈んでいく。そして、その原因として置かれているのが孤独だ。この時点で曲の芯はかなりはっきりしている。これは怒りの噴出というより、心が内側から摩耗していく歌だ。相手に向かって噛みつく歌として聴くより、自分の内部で終わりが進んでいく歌として聴いたほうが、歌詞の流れに合う。

その先で、死を恐れていないという言葉が繰り返される。ここを強さの宣言としてだけ読むと少しずれる。曲全体の空気の中では、威勢のよさより感覚の麻痺が前にある。追い詰められた末に、恐怖を通り過ぎてしまった状態に近い。死神を迎え入れる場面も同じで、勝ちにいく姿勢ではなく、避けられない終わりを冷えたまま受け入れる響きが強い。真実と運命を運ぶ存在として死を受け入れ、終わりを始めようと口にする。この曲の重さは、この受容の仕方にある。

終盤のテレビの砂嵐も、この曲をただの絶望ソングで終わらせない部分だ。番組は終わり、残るのは雑音だけ。ここまで来ると、この曲は死を派手に描いた歌ではなく、すべてが切れたあとの空白まで描いた歌になる。墓を掘る。孤独に削られる。死を迎え入れる。最後には何も映らない。その流れが一本でつながっているから、この曲は衝動的な破滅より、終わりの中へじわじわ沈んでいく感覚で残る。

この沈み方は、Felony期の作り方とかなりきれいにつながる。Frankie Palmeriはこのアルバムについて、以前より歌や暗いメロディが増えたこと、自分にとって本物だと思える一段上の作品にしたかったことを話している。さらに、歌詞でも以前より個人的なことを出すようになったと振り返っている。ここが大きい。つまりFelonyは、単に音が重くなったアルバムではない。感情の出し方そのものが変わったアルバムでもあった。だから「You Sunk My Battleship」にある孤独や自己破壊も、ただのポーズとしてより、Felony期のEMMUREが前へ押し出していた感情として読むほうが自然になる。

Jesse Ketiveの証言を重ねると、その変化は音作りの側からもっと具体的に見えてくる。Felonyでは作曲にドラムマシンを使い、Brian Goldsmanの助けを受けながら曲を組み立てていた。チューニングもこの作品で初めてDrop Aまで下がり、Jesse自身がギター面をかなり強く引っ張ったと話している。さらに重要なのは、Frankieがパートの長さ、繰り返し方、曲の起伏、欲しい雰囲気をかなり具体的に出していたという点だ。つまり、この曲の反復や閉塞感は偶然ではない。Felony期の作り方そのものから生まれている。

その背景には、JesseとFrankieが共有していたルーツもある。JesseはDeftones、Korn、Limp Bizkit、ヒップホップの感覚、whammy pedalの使い方をはっきり語っている。FrankieもFaith No More、Metallica、Danzig、Hatebreed、One King Down、Limp Bizkitといった名前を挙げている。EMMUREの音がただのデスコアやメタルコアとして片づけにくい理由はここにある。速さやテクニックだけで押すのではなく、低く粘るグルーヴと反復の圧で沈めていく。その鳴り方が、「You Sunk My Battleship」の内容とぴったり噛み合っている。

Felony期のEMMUREをシーンの中で見ると、このアルバムはかなり重要だ。2000年代後半の重いシーンでは、ブレイクダウンを武器にしたバンドは多かったが、EMMUREはそこにニューメタル的な感触をかなり強く持ち込んでいた。しかもFelonyの段階では、その要素がただの味付けではなく、バンドの中心に入ってきている。Jesseの話でも、whammyは『The Respect Issue』にも少しあったが、『Felony』で一気に前に出た。低いチューニング、グルーヴ重視、反復の圧、陰った空気。この組み合わせが、Felony期のEMMUREをはっきり形にした。

Frankie Palmeriという人物の背景を短く押さえておくと、この曲の見え方も少し深くなる。Frankieは長く挑発的なフロントマンとして見られてきたが、それだけの人物でもない。動物の権利に触れる発言や、animal rights、straight edgeに好意的な言葉も残している。EMMURE全体をそういう思想のバンドと断定するのは違う。ただ、Frankie個人にハードコア由来の価値観への接点があったことは見ておいていい。そのぶん、この曲の暗さも単なる乱暴さとして処理しないほうが中身に届きやすい。

「You Sunk My Battleship」の強さは、短い言葉を繰り返しながら、孤独、自壊、死の受容、虚無まで一気につなげているところにある。そして、その歌詞の流れがFelony期の音作りときれいに噛み合っている。Frankie Palmeriが前へ出した個人的で暗い感情と、Jesse Ketiveが押し広げた低く重い設計が、同じ方向を向いているからだ。和訳だけだと暗い曲で終わりやすいが、背景まで重ねると見え方が変わる。これは終わりを叫ぶ曲ではない。終わりの中へ沈んでいく感覚を、Felony期のEMMUREが自分たちのやり方で形にした曲だ。

emmure、You Sunk My Battleship

You Sunk My Battleship

Looks like I’m digging my grave
どうやら自分の墓穴を掘っているようだ
Slowly but surely
ゆっくりだが確実に
This loneliness is what’s killing me
この孤独は俺を殺している
And no I’m not afraid
そして、いいや恐れていない
And yes I’m not afraid
そして、あぁ恐れていない
I’m not afraid to die
死ぬことを恐れてはいない
 

Grim Reaper
死神
Of course I’ll let you in
もちろん迎え入れる
You bring truth, you bring destiny
おまえは真実をもたらし、おまえは運命をもたらす
So let the ending begin
なら最期を始めよう
No, there’s no stopping the inevitable
いいや、不可避なことは止められない
 
Open the skies
天の開いてくれ
Take me away
俺を連れ去ってくれ
So let the ending begin
なら最期を始めよう
 
Looks like I’m digging my grave
どうやら自分の墓穴を掘っているようだ
Slowly but surely
ゆっくりだが確実に
This loneliness is what’s killing me
この孤独は俺を殺している
 
No more programmes
もう番組は流れていない
Just the static of our television
テレビには砂嵐だけ