
The Acacia StrainのHuman Disasterは、2014年作 Coma Witch の一曲目として置かれている。その配置だけで、この曲の役目はかなりはっきりしている。これは挨拶ではない。通告だ。最初から飛び込んでくるのは、土、腐敗、虫、浅い墓、侮辱、死後の処理を思わせる言葉ばかりで、聴き手を迎え入れる気配はほとんどない。Coma Witchという作品の息苦しさと陰湿さを、説明抜きで身体に入れてくる。そのための一曲だ。
先に整理しておきたいのは、Human Disasterを曲名つきで細かく解説したヴィンセント・ベネット本人の資料は確認できないことだ。だからこの曲は、Coma Witch期の本人発言、以前からの思想、そして歌詞そのものの動きから読むしかない。逆に言えば、そこをきちんと押さえると、この曲は単なる過激な導入曲では終わらない。
ヴィンセント・ベネットは、ただ残酷な言葉を好むだけのボーカリストではない。彼はThe Acacia Strainのフロントマンであると同時に、Cockpunch!でも歌い、Diamond Cutというストレートエッジのラインにも関わってきた。本人は、15歳の時にStrifeの In This Defiance を聴いたことで、自分と同じ感覚を持つ人たちの存在を知ったと話している。煙草やドラッグをやりたくない自分を、ただ浮いた人間だと思っていたところから、ストレートエッジのコミュニティへ入っていったわけだ。ここを知ると、この歌詞の嫌な迫力の正体が少し見えてくる。自分を律する感覚を持った人間が、それでもここまで汚い言葉を選ぶ。その落差がHuman Disasterの芯にある。
The Acacia Strainの立ち位置も、読者には少し見える形にしておいた方がいい。後年このバンドはデスコアの代表格として広く扱われるようになった。けれど、根までたどると、もっとハードコアとメタルコアの地面に近い。初期作はDevil’s Head周辺から出ていて、そのレーベルはAFTeRSHOCKのトビアス・ダトキーヴィッチとつながっている。AFTeRSHOCK自体はGood Life Recordingsとも結びついていた。つまりThe Acacia Strainは、あとからデスコアの棚に収められたバンドではあっても、出自まで含めれば、ニューイングランドのハードコアとメタルコアの流れを引きずった存在として見た方が自然だ。
この文脈があるから、ヴィンセントがdeathcoreという呼び名を嫌った理由も分かりやすい。本人はかなり早い段階で、自分たちはdeathcoreではない、ただheavyだと強く言っている。The Acacia Strainの重さは、ただブレイクダウンが多いから生まれる重さではない。ハードコアの暴力性があり、デスメタルの死臭があり、さらにドゥームやスラッジに近い圧迫感まで混ざる。Human Disasterがただのデスコア導入曲に聴こえないのは、その重さが最初から埋葬と腐敗の方向を向いているからだ。
歌詞に戻ると、この曲が一番執拗にやっているのは、相手に人間らしい終わり方を与えないことだ。rest in pissは、安らかに眠れを真正面から汚した言い回しで、冒頭から弔いを拒否している。しかもno goodbye、no farewell、no chance to say goodbyeと、別れの儀式そのものを何度も潰していく。ここで奪われているのは命だけではない。最後に交わされるはずの手続きまで奪われている。だからこの曲の悪意は深い。殺したいだけなら、ここまで執拗に別れを否定しなくてもいい。Human Disasterは、相手をきちんと終わらせる価値すら認めていない。
その冷たさは、no fingerprints, no face, gone without a traceでさらに強くなる。ここでは相手は死ぬだけでは足りず、痕跡ごと消される。顔もなく、指紋もなく、追える形跡もなくなる。この曲が復讐の歌よりも気味悪く聴こえるのはそのためだ。復讐なら、相手の苦痛や制裁の達成に焦点が当たりやすい。Human Disasterはそこから一段進んで、相手の存在そのものを世界から消したがっている。
You tainted the waterも重要な一行だ。この言葉が入ることで、相手はただ嫌いな誰かではなく、周囲そのものを汚した存在になる。しかもその直後にThe world would treat you like a martyrと来るので、怒りの対象は本人だけでは終わらない。そんな人間を勝手に美化し、殉教者のように扱う世界そのものにも苛立っている。ここでHuman Disasterの悪意は、個人的な憎しみから一歩広がる。汚した側が美化される構図までまとめて嫌っているから、歌詞全体の温度がさらに下がる。
中盤のpulling out your intestines、lips on the dirt、blessed by the worm、swallow your teethは、言葉の選び方が露骨すぎるほど露骨だ。ここでは相手はもう人格ではない。腸、口、歯、虫、土へと分解されていく。最後のshallow grave、soak up the dirt、pushing up daisiesまで行くと、この曲は死の瞬間そのものより、死体が土へ戻されていく過程に異様に執着していることが分かる。ここがThe Acacia Strainらしい。怒りをきれいな言葉へ持ち上げず、肉体が崩れていく絵として最後まで押し切るから、嫌悪感が薄まらない。
ただ、この曲を単なる悪趣味で止めると、まだ浅い。Coma Witch期のヴィンセントは、このアルバムの歌詞について、今までよりも自分の人生を強く反映したものだったと話している。夢の内容を書き留め、その時に起きていたことや感情を、そのまま説明するのでなく比喩へ変えて書いたとも語っている。だからHuman Disasterの土、墓、腐敗、抹消のイメージは、ショック狙いの装飾として処理するより、現実の怒りや嫌悪や不安が、もっとひどい形に歪んで出てきたものとして読んだ方が近い。
ここでさらに効いてくるのが、ヴィンセントの音楽観だ。彼は昔から、ステージや音楽を怒りの出口として語ってきた。2009年の時点で、自分の怒りをステージの45分へ集中させると話していたし、Coma Witch期にも、怒りを押し込めるな、ちゃんと外へ出せという感覚を前に出している。だからHuman Disasterは説明の歌ではなく放出の歌だ。言葉が整理されていないのではない。整理しないまま出すことに意味がある。あの汚さは未熟さではなく、このバンドのやり方そのものだ。
さらにComa Witch全体には、死の近さがかなり濃くまとわりついている。ヴィンセントは、自分が経験した自動車事故の影響がこのアルバムにあり、歌詞にはcar crash themesがあると認めている。Human Disasterを曲名つきで説明した発言ではない。けれどnowhere to run、nowhere to hide、last gasps from a shallow graveにある追い詰められた感覚は、ただの人間嫌いの誇張だけでは出にくい。呼吸の苦しさ、逃げ場のなさ、身体が壊れていく感じがここまで繰り返し出るのは、死が観念ではなく、もっと近いものとして入っているからだと考えた方が自然だ。
もう一つ、この曲を深くしているのは、ヴィンセントの怒りがずっと同じ形だったわけではないことだ。2009年の彼は、nihilismを認めつつ、自分の中には人生を愛する部分も残っていると話していた。さらに後年になると、昔のように人も世界も全部嫌いだと外へ向かっていた怒りが、次第に自分自身の問題や苦しさへ向かうようになったとも振り返っている。Coma Witchは、その移り変わりの途中にある作品だ。Human Disasterには昔からの人類嫌悪が残っている。けれど同時に、それだけで片づかない個人的な痛みも入っている。その二重性があるから、この曲は悪罵だけで終わらない。
Human Disasterの強さは、過激な単語の数ではない。ストレートエッジの感覚を持ち、ハードコアとメタルコアの地面から出てきたヴィンセントが、The Acacia Strainという重すぎる器の中で、怒り、嫌悪、死の恐怖、存在を消したい衝動を、そのまま言葉にしてしまっているところにある。だからこの曲は、デスコアの激しい一曲という説明では足りない。Coma Witchの一曲目として、このバンドの重さが音圧だけの話ではないことを、最初に全部ばらしてしまう曲だ。






