
Memphis Hardlineの中心にいたバンドの歴史、思想、背景
RAIDのABOVE THE LAWは、ただ過激な言葉を並べた曲ではない。
この曲で前に出ているのは、生命をどう見るか、罪のない存在をどう守るか、権利はどこまで認められるのかという考え方だ。題名の時点で、法そのものより上にある正義を想定している。歌詞の中に並ぶ生命への畏敬、無垢、権利、妥協しない姿勢、侵害した者への報復という発想も、その線からぶれていない。
RAIDは90年代初頭のMemphisで、vegan straight edgeとHardlineを強く打ち出したバンドだった。当時のローカル報告でも、RAIDはHardline系のショウを軸に動いていた存在として書かれており、周囲の同系統バンドと並んで名前が出てくる。animal rightsやpro-lifeの場でも声の大きい集団として見られていた。後から思想的に読まれたバンドではなく、当時の時点ですでにそう認識されていたバンドだった。
このバンドを理解するうえで重要なのが、Vegan Reichとのつながりだ。
Steve Lovettの後年の証言によれば、Hardlineは最初から大きな運動として始まったのではなく、もともとはレーベルだった。RAIDはデモを出した後にその存在を知り、Hardline Recordsにデモを送った。そこでSean Muttaqiとつながり、Seanがveganだったことに影響を受けて、自分もveganになり、7インチが出る前にバンド全員がveganになったという。Steveはその流れの中で、自分たちは最初のvegan straight edge bandだったと思うとまで振り返っている。少なくともRAIDとVegan Reichは、似た時代の似たバンドだったという以上に、Seanを介して直接つながった関係にあった。
当時のレビューでも、その関係は見える。1990年の雑誌では、Vegan Reichの7インチもRAIDのWords Of Warも、どちらもHardlineのLaguna Beachの住所で扱われている。Vegan Reichは怒ったstraight edge hardcoreにheavy metalの傾きがある音として紹介され、RAIDは強いNYC hardcore影響、シンガロング型のシャウト、モッシュを生むドラム、metal guitarsを持つバンドとして評されている。思想だけでなく、音の受け取られ方にも共通の土台があった。
この線で見ると、Vegan ReichがHardlineの思想的な起点に近く、RAIDはそのHardlineをMemphisのstraight edge sceneの中で実践し、広げたバンドだったと言える。Sean自身も、Vegan Reichを最初からmilitant animal liberation bandとして構想していたと語っている。そこではveganismとstraight edgeは生活習慣ではなく、善悪を切り分ける思想だった。外部からvegan fascistsと呼ばれたことがVegan Reichという名前の由来になったという話も、RAIDの歌詞に出てくる、自分たちはファシストと呼ばれてきたという感覚とつながる。

RAIDが育った場所がMemphisだったことにも意味がある。Steveは、南部でhardcoreやpunkやskateの文化に属しているだけで絡まれたり殴られたりする空気があったと話している。そこから、自分たちはただやられる側では終わらないという感覚が生まれた。彼の証言では、80年代半ばにはまだstraight edge sceneというほどのものはなく、88年から89年ごろにsceneとして輪郭ができていったという。Memphis Hardlineは、その中で若い連帯として固まっていった。最盛期にはその周囲に60人ほどのsupportersがいたとも振り返っている。
当時のローカル報告も、この流れを裏づける。1991年の報告では、RAIDは前年秋にWords of Warを出した後、ほぼHardline系のショウで動いており、同系統バンドとともにKinghorseの前座も務めていた。Antenna ClubやEdge skateboard parkといった会場名も出てきて、RAIDが後から神話化された存在ではなく、具体的なMemphisの現場で動いていたバンドだったことが分かる。
さらに、この空気を外側から補強する証言もある。後年のインタビューでJason Whiteは、Little Rock側からMemphisに出入りしていた時期を振り返り、そこでMemphis Hardlineに遭遇したこと、自分の記憶ではその場にRAIDのシンガーもいたことを話している。これはRAID内部の証言ではないが、当時のMemphis HardlineとRAIDが周辺シーンにも強い印象を残していたことを示す材料にはなる。
Jasonはさらに、LuceroのBrianがRAIDの7インチで歌っているとも話している。ここはRAID内部の決定的証言ではないにしても、ローカルの人脈や周辺のつながりを見るうえでは使える話だ。
ABOVE THE LAWの歌詞は、この背景を踏まえるとかなりはっきり読める。
生命への畏敬、無垢な存在、権利、妥協しない姿勢、侵害した者への報復。これらは当時のHardlineの論理と強く重なる。特に大きいのは、無垢な生命を守る側が自分たちであり、それを侵害した者は正当な権利の外に出るという発想だ。この曲で語られる権利は、誰にでも無条件で認められるものではない。他者、とくに罪のない存在を傷つけない限りでのみ成り立つ。その一線を越えた者には、こちらは妥協しないし、必要なら力も使う。この論理が曲の骨格になっている。
歌詞の中の、俺たちの暴力は反応である、最後の唯一の解決策というくだりも、その流れの中で読むべきだろう。これは無差別な破壊の宣言というより、自分たちの側ではそれを防衛や報復的正義として理解していることを示している。Steveが、南部で何度も絡まれ、そこから戦い返す感覚が生まれたと振り返っていることともつながる。さらに後年の証言では、バンド名そのものがdirect actionを喚起するものだったとも語っている。RAIDが自分たちを、受け身ではなく対抗する側として置いていたことは確かだ。
ここで大事なのは、この曲を特定の事件の歌として決めつけないことだ。
今の時点で確認できる資料の範囲では、ABOVE THE LAWが何年何月のどの事件をきっかけに書かれたかを、本人が直接説明した一次証言は見つかっていない。だから、この曲は何か一つの事件の実況ではなく、Hardlineの生命観、権利観、非妥協性を短く固めた理論歌として読むのが一番安全だ。

そのHardline自体も、単なる禁欲の延長ではなかった。Sean Muttaqiの説明では、Hardlineはstraight edgeとveganだけでなく、反中絶や同性愛に否定的な道徳観まで含んでいた。しかもSeanは、その反中絶の立場を右派キリスト教の論理ではなく、animal liberationの一貫性の問題として説明している。Steveの後年の回想でも、当時のRAIDとHardlineは、胎児に魂があるからというより、動物も含めた生命への残虐性に反対する流れから中絶に反対していたと語られている。ABOVE THE LAWの歌詞にある無垢、権利、報復という考え方は、まさにその倫理の圧縮版として読める。
音楽面でもRAIDは重要だ。Steveは、hardcore以前にはBlack Sabbath、AC/DC、Judas Priestを聴いていて、hardcoreに入ってからはBlack Flag、7 Seconds、Minor Threat、Violent Children、Unity、Youth of Todayなどに惹かれたと話している。さらに、vegetarianismに近づく入口としてSubhumansのようなpeace punkの影響も挙げている。つまりRAIDの音は、初期US hardcoreの速さにmetalの硬さと倫理的な主題が強く混ざったものだった。Words of WarがNYC hardcore影響で、モッシュとmetal guitarsが強いと当時書かれているのも、その実感に近い。
この流れはRAIDだけで閉じない。Rat Pooleの後年の証言では、Seanと自分は80年代anarcho punkに強く影響され、Hardline Recordsの作品群を通して後続に影響を与えたとされる。さらに別の箇所では、Unbornの方向性をめぐって、NickはもっとRaid styleのchugが欲しかったとまで話している。つまりRAIDは思想面だけでなく、後続のvegan straight edgeやmetallic hardcoreの音の面でも参照点だった。
ただ、RAIDをそのまま礼賛するだけでは、このバンドの実像は見えない。
いちばん重いのは、Steve本人が後年、Hardlineをかなり批判的に振り返っていることだ。彼は、Hardlineのdogmaや細かな規則、反同性愛的な空気、極端さに疲れ、運動全体が全体主義的になっていったと感じたと語っている。自分は今もvegetarianだが、straight edgeを絶対視していないし、中絶についても個人の選択であるべきだと考えるようになったとも話している。ここを外すと、RAIDはただの過激な象徴にしかならない。だが実際には、当時その中心にいた本人が、後年その極端さを見直している。
その見直しは、内容にも踏み込んでいる。Steveは、Hardlineは自分に極端さについて多くを教えたとも語っている。肉を食べることが悪なら、肉を食べる人間も悪だという発想に進みやすい。そこから、あれは悪だ、それをやる人間も悪だ、だから壊してよいという思考に落ちていく危険があったという反省だ。若い頃のRAIDは、新しい倫理と生活を強く提示した。同時に、正義を根拠にして排除や憎しみに向かう危うさも抱えていた。
ABOVE THE LAWが今も読む価値を持つのは、その両方が入っているからだ。
90年代初頭のMemphisで、若いhardcore kidsがstraight edgeをさらに押し進め、veganism、animal rights、反中絶、自己防衛、排他性、正義、暴力を一つの倫理にまとめようとした。その空気がこの曲には詰まっている。しかもRAIDは、ただの周辺バンドではなく、その中心でHardlineをシーンの中に根付かせたバンドだった。Vegan Reichが思想の起点を作り、RAIDがそれをMemphisで実践し、さらに音としても強く打ち出した。そう見ると、ABOVE THE LAWはRAIDの代表曲であるだけでなく、初期Hardlineそのものを切り取った曲として読める。
この曲の怖さは、正義を本気で信じているところにある。
自分たちは無垢な命を守る側で、相手はそれを侵害する側だと確信した時、法より上に立つという言葉は単なる比喩ではなくなる。ABOVE THE LAWは、Hardlineという思想の魅力と危うさを、短い言葉でそのまま表に出した曲だ。
ABOVE THE LAW
Our discipline is reverence for life,
俺たちの規律は生命への畏敬である。
through the virtue of innocence,
無垢という美徳を通して、
and for this we’ve been branded as fascists.
そしてこのために俺たちはファシストの烙印を押されてきた。
By the grace of justice evolves the Hardline of rights
正義の恩寵によって権利のハードラインは発展していき
and if those rights are denied…then we will fight.
そしてもしそれらの権利が否定されるなら…俺たちは戦う。
Our violence is a reaction
俺たちの暴力は反応である
A last and only solution
最後の、そして唯一の解決策
There shall be no compromise,
妥協は一切ない、
for tolerance is acceptance in our eyes.
なぜなら俺たちにとって寛容は受容だからだ。
The law is up, our rule defined,
法は掲げられ、俺たちの規律は定められた、
so who’s side are you on-there’s or mine?
では、おまえはどちらの側につくのか – あいつらか、それとも俺か?
Your right ends where another begins
おまえの権利は、他人の権利が始まるところで終わる
and if you infringe upon the innocent,
そして、もしおまえが罪なき者を侵害するなら、
then your crime shall be avenged.
そのとき、おまえの罪は報復される。
ABOVE THE LAW (X3)
法の上に
THAT’S WHY I’M ABOVE THE LAW
だからこそ俺は法の上にいる
I fight for an innocents life as if it were my own.
俺は、罪なき者の命のために、それが自分の命であるかのように戦う。






