Fuck Everything (feat. Chad Gray) - live - song by Suicide Silence, Chad  Gray | Spotify

Suicide SilenceのEnding Is The Beginningは、歌詞だけ追うとかなり捉えにくい曲です。言葉が一つの物語として並ぶのではなく、断片のままぶつかってきます。見せられないものがあり、差し出された手は受け止められるのでなく潰され、感情は整理される前に暴力の方向へ流れていく。だから和訳だけを置いても、不穏さや圧迫感は伝わっても、この曲の本当の重みまでは読者に届きにくいはずです。

この曲が大きく見えてくるのは、Suicide Silenceの歴史そのものに重ねた時です。Ending Is The Beginningは2005年のかなり初期の曲で、まだバンドがDIYの勢いで動いていた時代に生まれました。当時のSuicide Silenceは、とにかく重く、暴力的で、頭のおかしいものを作りたかったと振り返られています。ガレージ録音の空気、剥き出しの苛立ち、ライブの凶暴さ。そうした初期衝動の中にこの曲は置かれていました。つまり、この曲の荒さやまとまりきらなさは欠点ではなく、出発点の温度そのものです。

歌詞の感触も、その初期衝動とよく重なります。Can’t be seenという反復には、表に出せないもの、見せた瞬間に何かを壊してしまうものがまとわりついています。Give me your hand, reach out I’ll crush itも強烈です。本来なら手を差し出す動作は接触や理解の入口になるはずなのに、この曲ではその瞬間に破壊へ反転する。相手とつながる前に壊してしまう。このねじれ方に、初期Suicide Silenceの異常な魅力がそのまま出ています。

Nothing can be, something to me や Smashing, lashing, slashing の連打も、意味を整えて伝えるための言葉というより、制御しきれない圧力がそのまま噴き出しているように響きます。だからEnding Is The Beginningは、後年のSuicide Silenceのように、自分たちの内面や人生観をある程度整理して差し出す曲とは感触が違います。もっと若く、もっと粗く、もっと衝動のままに動いている。その不安定さを抱えたまま鳴っているところが、この曲の価値です。

そして、この曲がただの初期曲で終わらなかったことが決定的に重要です。Mitch Luckerの追悼公演は、Ending Is the Beginning: The Mitch Lucker Memorial Show という題名で映像作品になりました。しかもセットリストでもこの曲はかなり早い位置に置かれています。バンドはこの言葉を、昔の一曲の名前として残したのではありません。Mitchの死を受けたあとに、それでも前へ進むための題名として使い直しました。ここでEnding Is The Beginningという言葉は、初期の物騒な響きを越えて、Suicide Silence自身の現実を表す言葉に変わっていきます。

さらに大きいのは、2014年のYou Can’t Stop Meにこの曲が再録されていることです。You Can’t Stop MeはEddie Hermida加入後初のフルアルバムであり、Mitchの死後にバンドが本格的に前へ出た最初の作品でした。そのアルバムにEnding Is The Beginningを戻したという事実は重いです。追悼公演の表題に使っただけでなく、新体制の作品にも再び置いた。そこから見えてくるのは、Suicide Silenceがこの曲を過去に置き去りにしたくなかったということです。初期の衝動を、そのまま次の章へ持ち込もうとしていたことが分かります。

You Can’t Stop Me全体の文脈も、この読みをさらに強くします。メンバーはこの作品について、今まででいちばん心を注いだレコードだと話していました。戦い、血を流し、汗をかき、泣きながら作ったと言うほど、その制作は重いものでした。Chris Garzaも、Suicide Silenceという名前を続けること自体がMitchを生かし続けることだという感覚を語っています。そうした発言まで並べると、Ending Is The Beginningの再録は懐古趣味には見えません。バンドが過去を抱えたまま未来へ進むために、この曲をもう一度必要とした。その意味がかなりはっきりしてきます。

だからこの曲を読む時に大事なのは、歌詞の一行一行へ無理に整った意味を押し込むことではないと思います。今ある資料で強く見えてくるのは、Suicide Silenceがどんな節目でこの曲を置き直してきたかです。2005年の初期EPにあり、Mitch追悼公演の表題になり、2014年の再録で新体制にも持ち込まれた。ここまで重要な局面に何度も置かれている以上、この曲は単なる難解な初期曲ではありません。Suicide Silenceというバンドが、始まりと喪失と継続をどう抱えてきたかを映す曲として見たほうが、ずっと大きく見えてきます。

Ending Is The Beginningは、完成された名曲というより、Suicide Silenceの原点と転機を一度に抱えた曲です。歌詞だけ見ると不穏で、暴力的で、まだ形になり切っていない。けれど、その形になり切っていなさこそが初期の衝動でした。そして後年、その衝動そのものが、喪失のあとに前へ進むための言葉として呼び戻された。この曲の重みは、整ったメッセージにあるのではなく、Suicide Silenceが大事な局面で何度もこの曲を必要とした事実の中にあります。和訳だけでは見えにくいのはそこです。フレーズの意味より先に、この曲はバンドの始まりと続き方そのものを背負っているのです。

Ending Is The Beginning

After
その後

Can’t be seen with these hands can’t be seen

こんな手じゃ見らえれてはいけない、見せられない

Can’t be seen with these hands can’t be seen

こんな手じゃ見らえれてはいけない、見せられない

Can’t be seen

見せられない

Can’t be seen, causes everything

見せられない、すべてを引き起こす

 

Don’t you see, causes everything

わからないのか、すべてを引き起こす

Can’t be seen, causes everything

見せられない、すべてを引き起こす

 

Give me your hand, reach out I’ll crush it

手を差し出して、差し延べろ、握りつぶしてやる

Give me your hand, reach out I’ll crush it

手を差し出して、差し延べろ、握りつぶしてやる

Cause is ok

原因は問題ない

Cause is ok

原因は問題ない

 

Nothing can be, something to me, nothing can be, me

何もありえない、俺にとって何か意味のある、何もありえない、俺

Nothing can be, something to me, nothing can be, me

何もありえない、俺にとって何か意味のある、何もありえない、俺

Smashing, lashing, slashing, for the same thing

粉砕して、叩いて、斬って、同じことの為に

I say, quit while we are heard

言わせてもらうが、うまくいってるうちにやめておけ

A victim of high tension, and beat me everyday

緊迫した被害者、そして毎日俺を殴る

 

For what?

何のために?

For what?

何のために?

Scream for you lying

嘘をつくおまえの為に叫ぶ

Can’t be seen, causes everything

見せられない、すべてを引き起こす

Can’t be seen, causes everything

見せられない、すべてを引き起こす

Can’t be seen

見せられない